放課後。チャイムが鳴るなり、美咲は急いで教室を出て行った。
コンクール前日だから、少しでも早く練習しに行きたいんだろうな。
そのとき、あっ、と気づく。美咲、荷物忘れてる……。
しっかり者の美咲が忘れ物をするなんて、よっぽど時間がないんだろう。
これは、届けてあげたほうがいいよね。こっそり誰かに渡して帰れば……と思い鞄を手に取ったとき、
「光里っ!」
美咲が駆け寄ってきた。
「よかった、間に合って」
「え……どうしたの?」
「これ、取りに行ってたの。光里に、渡そうと思って」
差し出されたのは、チケットだった。白い紙に、『◯◯吹奏楽コンクール』と書いてある。
「コンクール?」
驚いて尋ねると、美咲がうなずいた。
「私にとって、大事なコンクールなの。ずっと頑張って練習してきたんだけど、やっぱり緊張しちゃって、だから光里に、応援してもらえたらって思って……あ、でも用事とかあったら全然いいんだけど」
ううん、と私は首を振った。
時間がないのに、わざわざ取りに行ってくれたんだ。荷物を置いて、私のために。
目の奥がじんと熱くなる。
「……でも、私でいいの?」
おずおずと尋ねると、美咲は笑って言った。
「当たり前じゃない。光里に見てほしいの」
「美咲……」
やっぱり、美咲はすごい。私がうじうじ悩んでいる間にもどんどん前に進んでいる。立ち止まったりしない。
「やば、戻らなきゃ。じゃあね、バイバイ!」
「うん、バイバイ」
私は言って、付け加えた。
「……練習、頑張って!」
美咲は振り返って、ありがとう、と笑顔で手を振ってくれた。

『光里に、見てほしいの』

何もできない私でも、誰かの力になれるかもしれない。
コンクールが終わったら、ちゃんと話そう。

ーー大丈夫。ちゃんと言える。

聖がかけてくれた言葉を、おまじないのように心にかけた。