職員室まで行ったけれど、用事がないのに入るわけにもいかない。引き返そうと思ったとき、ドアが開いて、清水さんが出てきた。
「あ……」
目が合って、声が重なった。
「葉山さん、おはよう」
清水さんがにっこり笑うけれど、どこか変だ。大きな目が潤んで、泣きそうな顔をしている。
「おはよう。あの……大丈夫?」
できればあまり関わりたくないと思っていたのに、ついそう訊いてしまった。
「え?」
清水さんが潤んだ目でキョトンと私を見る。
「あ、ごめんねいきなり。なんとなく、大丈夫かなって」
「なんでわかったの?先生に怒られたって」
「ええ?いや、それは知らなかったけど……」
そんな泣きそうな顔をしていたら、誰だって何かあったのかなって気づくと思う。
「わたし、サッカー部のマネージャーやってるんだけど、成績が悪すぎるから部活より先に勉強しろって言われて」
「そ、そうなんだ」
なんて言えばいいかわからずに、相槌を打つ。
「わたし、サッカー大好きなんだ。最初はサッカーやってる弟のために、運動音痴だけど何かできないかなって思って、ルールを覚えるためにマネージャーになったんだけど、だんだんおもしろさがわかってきて、そしたら部活ばっかりに夢中になっちゃって、成績がどんどん下がって……」
話しながら、その目にみるみる涙が溜まっていく。なんだか、私が泣かせているような気分になってくる。
「えっと、彼氏に、教えてもらうとか……」
と、つい心にもないことを言って後悔する私。
「……そうしたいんだけど、部活で忙しいだろうし、頼みづらくて」
「そ、そっか」
いい子だな、と思うのと同時に、その言葉にホッとしている私は、きっと性格が悪いんだと思う。
そのとき、予鈴が鳴った。
「あっ、ごめんね。急にこんな話して。迷惑だよね」
「ううん、そんなことないよ」
私は苦笑いを返す。
「なんか、不思議。葉山さんとはほとんど話したことないのに、そんな気がしないんだ」
と清水さんは照れたように笑った。
「あの」
私はつい、言ってしまった。
「清水さんって……鮫島くんと、付き合ってるの?」
清水さんの大きな目がさらに丸くなって、私を見つめる。
「うん。そうだよ」
とうなずいた。
「そっか……」
ああダメだ、泣きそうだ。
自分で訊いたくせに。何やってるんだろう。
ーーあんなの、ただの噂だよ。

そう言ってほしかった。否定してほしいと、願っていた。
……バカだな私。
まだ、そんな都合のいい答えを期待していたなんて。