『僕の時間は、3月のまま止まってるんだ』

聖はそう言った。
あの言葉の意味は、まだよくわからない。
でも、聖がそのときのことを強く後悔しているのはわかる。
もしーーと私は言った。
こんなこと、訊くべきじゃないかもしれない。だけど、訊いてみたかった。
「もし、好きな人に好きな人ができたら、聖はどうする?」
「泣く」
即答だった。
「それはもう、めちゃくちゃ泣くね。失恋ソング聴きながら毎晩泣くだろうなあ」
「……もしかしてからかってる?」
私のことを言っているんだ、とわかって恥ずかしくなる。
「ほんとだよ。それで、泣いて泣いて気が済んだら、好きな人が幸せになりますようにって願うよ」
思いもよらない言葉に、私はポカンとして、それから「ふ」と笑みが洩れた。
「聖のほうが、よっぽど優しいよ。私、そんな風に思えないもん」
「それは泣きが足りないんじゃないかなあ」
「なにそれ」
聖と話していると、不思議と心が軽くなる。どうしようもないくらい落ち込んでいたときも、自分が何の価値もないダメ人間に思えていたときも、いつの間にか、墨を水に溶かしたように、ゆっくりと消えていく。
「今すぐじゃなくていい。でも、そのときがきたら、ちゃんと話したほうがいいと思う。後悔する前に」
「前も言ってたね」
「そうだった?」
「そうだよ」
聖、と私は言った。
「ありがとう」
それは、心からの気持ちだった。
この壁の向こうに、聖がいてくれてよかった。
「どういたしまして」
と、聖はいつもの優しい声で言った。
ーー好きな人が幸せになりますように。

私もそんな風に思える日がくるんだろうか。
どれだけ待てば、そんな大きな心が持てるんだろう。
それは私には、途方もない時間に思えた。