教室を出て音楽室に向かう途中。

ーーあ。

前から笑いながら歩いてくる男子たちに、目が留まった。
その中のひとり、鮫島陽太の姿に。
ドクン、と心臓の音が大きく鳴った。

ーー光里。

ほんの一瞬、名前を呼ぶ声が、聞こえた気がした。
「あはは、何やってんだよー」
楽しそうに笑いながら、陽太が私の横を通り過ぎていく。膨らんだ心臓が、急激に萎んでいくようだった。
……そんなわけない。
頭ではわかっているんだ。陽太が私の名前を呼ぶはずないって。
隣を歩く美咲に悟られないよう、そっと小さなため息を吐く。
そのとき、

「あ、陽太っ!」

よく通る高い声が、どこかから飛んできた。
隣の教室、陽太のクラスだ。
「ん?」
「今日の部活のことなんだけどーー」
2人の姿を見て、ズキンと胸が痛む。
あの気持ちはもう、封印したはずなのに。
「仲良いよね、鮫島くんと清水さん」
美咲の言葉に、思わずドキリとしながら、
「……うん、そうだね」
と私は苦笑いで答えた。
清水亜実ーー彼女は、陽太が入っているサッカー部のマネージャーだ。ストレートの長い髪、ぱっちりした大きな目、ふっくらしたピンクの唇。全身から可愛らしさがあふれているような女の子。
背が高い陽太と清水さんが並ぶと、人の多い場所でもそこだけくっきり浮き出るように、目立って見える。
1年のときはクラスが離れていたから、そんなに意識しなくて済んだ。いつか忘れられると思っていた。
だけど、2年になって隣のクラスになってからは、毎日のように仲のいい2人を見ることになった。嫌でも意識してしまうくらい。
「ーー光里、聞いてる?」
呼ばれて、ハッと我に返った。意識だけが後ろに引っ張られていたけれど足はちゃんと動いていたらしい。気づけば隣の教室は、ずっと後ろのほうだった。
「あっ、ごめん、なんだっけ?」
「もー」
美咲は呆れながら、まあいつものことだけど、と笑う。
ごめんごめん、と笑いながら、胸にチクリと痛みを覚えた。

ーー美咲には言えない。

美咲は私にとって、高校でできたたったひとりの大切な友達だ。隠し事をしたいわけじゃない。
なのに、1年経っても、言えずにいる。
中学のときのこと。陽太のこと。
でも、わざわざ言うことでもないのかもしれない。
だって私と陽太は、もう本当に、なんの関係もないのだから。