「……私、も」
知らない人に恋の話なんてできるはずない。そう思っていたのに、気づけば私は、その言葉を口にしていた。
「私も、失恋したの」
失恋。言葉にすると、すごく単純なことのように聞こえる。恋を失った。だけど本当はものすごく複雑だ。そこにはぽっかり穴が空いて何もなくなるわけじゃなくて、その気持ちが昨日までと変わらずそこにあるから、今もこんなにも苦しいんだ。
「そっか。辛いね」
聖が言った。顔は見えないのに、壁の向こうで、聖も辛い顔をしているのがなぜかわかった。
「幼なじみがいたの。小さい頃からずっと一緒だった幼なじみ」
ぽつり、ぽつりと、私は自分の中にある気持ちを言葉にしたいった。
話しながら、私はずっと話したかったんだと気づいた。誰にも言えないこの気持ちを、誰かに聞いてほしかった。
聖は、うんうんと相槌を打ちながら私の話を聞いた後で、短くこうまとめた。
「つまり陽太くんに未練たらたらなんだ」
「……そうです」
認めるしかなかった。私は陽太が好き。何度も打ち消そうとしたけど、できなかった。
「告白、したら」
「できないよ。彼女がいるんだもん」
「相手がいても、気持ちを伝えるのは自由だと思うけど」
「伝えてどうするの?振られて、余計辛くなるだけだよ」
「陽太くんのこと、もっと教えてよ」
私はうなずいたけれど、よく知っているはずなのに、いざ全然知らない人に話そうとすると、何から話していいかわからなかった。
小学校のときからサッカーをやっていて、中学に入ってから本格的にはじめた。もともと才能があっだのだろう、すぐに部活で活躍するようになり、人当たりのよさも手伝って、先輩からも後輩からも慕われていた。
部活一筋のようだけれど、要領がよく成績もいつも私より上だった。どこにいてもみんなの中心にいる陽太を、私はそばでずっと見てきた。
「人気者だったんだ」
「うん」
中学のときに何度か、同じ学年の女の子に、私が陽太の幼なじみだからということで、協力してほしいと言われたことがあった。
それから、陽太に告白して振られたと泣いている女の子を見たことも。
だから、好きだなんて、言えなかった。
私は幼なじみだから。伝えて気まずくなるくらいなら、今のままがいい。
「でも、話さなくなっちゃったんでしょう。だったら、告白より先に、仲直りしたほうがいいんじゃない?」
「簡単に言わないでよ」
「ケンカの理由はなんだったの?」
「それは……」
ぐ、と言葉に詰まる。
「……言えない」
ケンカの理由も、私のせいだった。
私が、陽太との約束を破ったから。
「うん。そっか」
聖は、何か納得したようにうなずいた。
「仲がいいほど、一度離れてしまうと、戻りかたがわからなくなるってことはあるかもしれない」
その通りだった。
アメリカから日本にやってきて、慣れない環境で、頼りにできるのは陽太だけだった。今までずっと、私は陽太に頼りすぎていた。ひとりになった途端、自分がこんなにも何もできないんだと思い知った。気持ちひとつ伝えられないまま、好きな人が離れていくのをじっと見ていることしかできない。
「でもやっぱり、ちゃんと話したほうがいいよ。会えるんだから。すぐ近くにいるんだから」
好きな人に会いたくても会えない聖にそう言われると、自分がただわがままを言っているだけのように思える。
そう、すごく近い。同じマンションの隣の棟。学校で話せないなら帰ってきてからでも、電話だってできる。陽太は電話が嫌いだと言っていたけれど、何も言わないよりはいいかもしれない。
「今すぐじゃなくても」
と聖は言った。
「やっぱり、そのときがきたら言ったほうがいいと思う。会えなくなって後悔する前に」
「そのときっていつ?」
「それは誰にもわからないよ。そのときがきたらわかるんじゃないかな」
「なにそれ」
適当な返しに思わず笑った。
でも、「今じゃなくてもいい」という言葉に、少しホッとする。
顔も知らない男の子に、自分のことをこんなにもペラペラ話しているのが不思議だった。
知らないから、だろうか。
声が聞こえても、壁の向こうにいる「聖」という男の子が、どんな表情で私の話を聞いているかはわからない。気にしなくてもいいから、余裕ができるのかもしれない。