私は3ヶ月間の聖とのやりとりを、先生に伝え続けた。
初めて声が聞こえたときのこと。調子のはずれた鼻歌のこと。落ち込んでばかりの私をいつも励ましてくれたこと。好きな人のことを、いつも話していたことーー。
「聖、何度も私にお願いするんです。あの歌をかけてって」
「あの歌って……」
先生が赤くなった目を見開く。
「先生の歌です。聖、この歌好きだなあって、聴くたびに言ってました。先生が歌うのを聴くのが好きだったとも、言ってました」
「そうだったの」
先生は照れ臭そうに、でも嬉しそうに、ふふ、と小さく笑った。
「本当、子どもみたいに、何度も歌ってってねだるのよ。自分は歌が下手だから、私の歌を聴きたいんだって」
はじめて隣の部屋から声が聞こえたときの、あの変な鼻歌を思い出した。音程もリズムもめちゃくちゃな、のんきな鼻歌。
聖は、好きな人が自分のために歌ってくれるのが、嬉しかったんだ。
「ねえ、聖、どっちの歌が好きって言ってた?」
小声でそう尋ねる先生は、まるで好きな人の話をする、同い年の女の子みたいだった。
「それはもう、断然1曲目です。明るい歌が好きなんだって」

あの歌が聴きたいって、何度も言っていた。

『この声が君に届きますように』

大好きって気持ちがまっすぐに伝わってくる、幸せな歌。
失恋したばかりのときに、幸せな歌なんて聴きたくなかったのに。でも、聴き終わったときには、幸せをおすそ分けしてもらったみたいに、心がほんのすこしだけ浮かんでいたんだ。
「そう」
泣きながら、やっぱりね、と先生は笑った。
「あの歌は、いちばん幸せだったときに作った歌なの。恥ずかしいから、聖には教えなかったけどね」
高校生の先生の、聖への「好き」が、あの歌には込められていた。
その気持ちが、胸を締め付ける。

ーーねえ、聖。

聖の好きな人は、今でも聖のことをこんなにも思ってるよ。
本当にいなくなっちゃったの?
まだ少しくらいは、この壁の向こうに残っているんじゃないの?
何もかもが消えてしまったなんて、思いたくなかった。
私が聖と話した3ヶ月間、聖はたしかに、この壁の向こうにいたのだから。