遠くで、誰かが名前を呼ぶ声が聞こえた。
誰だろう。ずっと前から知っている、大好きな声。

ーーひかり、

ーー光里。

「……葉山光里っ!」

遠くーー
ん?遠く?

「いい加減起きなさいッ!!!」

耳元でキィーンと鳴るしっかりとした高い声は、さっきのそれとは違う声だった。
だんだんと意識がはっきりしてきて、目の前に立っている人物に焦点が合う。
「ううーん……おはよう、美咲」
目を擦りながら言うと、美咲が、はあ、と脱力したようなため息を落とす。
「おはようって、あんたねえ。もうとっくに昼過ぎてるんだけど?」
「あ、そうだよね。じゃあこんにちは?」
「……ダメだこりゃ」
そんな、もうこいつには何を言っても無駄、と言いたげな顔をされるとちょっと傷つく。
びし、と美咲は細長い指を私のおでこに当てて言う。
「あのね、高2にもなって、女子が授業中にヨダレたらして爆睡とかいろいろアウトだから」
「えっ、ヨダレ垂れてた……!?」
慌てて自分の口まわりをぺたぺたと手で確認する。
「そんなことはどうでもいい!いやよくないけどっ!」
彼女は藤田美咲。1年のときからの親友だ。ぼんやりしがちな私は、しっかり者の美咲にしょっちゅう怒られている。
「2年も同じクラスでよかったよ。私が起こさなかったら光里、1日中寝てそうなんだもん」
「どこでも寝れるのが特技ですから」
開き直って言うと、「ほめてないから」と呆れ顔で返されてしまった。
「次、音楽室だよ。そろそろ行かないと」
「あ、うん」
クラスメイトたちはすでに行ってしまったたしく、見れば教室には私たちだけしか残っていなかった。