「ん? なんか言ったか?」
「ううん、なんにも」

 その言葉を受けて小さく首を傾けながら「ふーん」と言葉を戻し、星夜も再び前を向いた。

「ところで転校生、お前はなんでこんな時期に転校してきたんや? 高二の二学期ってまた微妙な時やん」
「こっちの大学を受験したいなって思ってて、私の父親がこっちに住んでるからちょうどいいと思って思い切って来たの」

 今日一日、クラスメイトに聞かれた質問と同じ答え。何度も答えたせいか、美月は慣れた口調でそう答えた。

「ふーん。でもそれやったら大学進学してから来たらよかったやん。わざわざ転校とかしてこんでも」
「うん、でも私関東出身だから、関西のノリとか雰囲気に馴染めるかなって思って心配もあったのよね。父親も転勤族だからいつまでこの場所にいるのかもわからないしって思ったら、今しかない! みたいな?」

 美月があははと笑っている様子をちらりと見やった星夜は、再び「ふーん」とだけ言葉を戻した。
 頭一つ分背の高い星夜の顔をちらりと見上げると、どこか納得していなさそうに感じたが、それは考えすぎなのかもしれないと美月は思った。現に星夜はなにも言わないのだから、自分からわざわざ触れる必要もないと考え、別の話題を振った。

「そういえばさっき、平等院のホームページを見てたんだけど……極楽のなんとかっていう詩の意味知ってる?」
「極楽いぶかしくは、宇治の御寺をうやまへってやつか?」
「……! そう、それそれ!」

 さすがはお寺の目の前に住んでいるだけあるな、と美月は感動していた。星夜が読み上げるその様子に迷いや、思い出そうとするような様子は一切なかったからだ。

「さっきその意味を調べようとしてたんだよね」

 美月は人差し指で何もない壁を指差した。それはただ単に、星夜とぶつかりそうになった方向を差し示していた。
 美月の指差す方向を見て意味を察した星夜は、頭をぽりぽりと掻いた後、再びこう言った。

童唄(わらべうた)やな」
「童唄? 童謡(どうよう)ってこと? 子供向けのテレビで流れるあれ? げんこつ山の狸とかそう言った類の?」
「ああ、でもその(うた)は平安時代のやつな」

(じゃあ百人一首とかに出てくるようなあれと一緒か……)

 美月は頭の中で小学校の頃に遊び半分で習った百人一首のことを思い出していた。今となっては一首も覚えていないが、昔は詩を読み上げて恋を語ったり、プロポーズしたりしていた時代があった。そんな風に習ったことを思い返していた。