下駄箱には「死ね」「人殺し」と書かれた手紙が溢れ、上靴の中には見てわかるくらいの画鋲が敷き詰められていた。教室に着くと机と椅子がいつもの場所になくて、教室の一番隅に置かれる日々。机にはマジックペンで「人殺しの子供」と書かれ、机の中には水で濡れたプリントが投げ込まれていた。
 最初は我慢しようと思った。これも全て自分が背負わないといけない罪だと。
 でも紗雪の心は既に限界がきていた。学校で話してくれる友達もいない。告白してくる男子もいなくなった。ただ学校に登校して、授業を受けて帰るだけ。いつしか紗雪の心は小学生の時よりも、深い闇に閉ざされていった。
 それでも紗雪が学校に行かないことはなかった。紗雪にとって、少しの希望があったから。それは担任の石川(いしかわ)先生の存在だった。
 毎日続いていた紗雪に対する嫌がらせに対して、最初の頃は生徒に注意をしてくれた先生。でも次第に誰も聞かなくなり、いつしか石川先生は生徒を注意しなくなっていった。
 小学生の時の先生は、何も口出しせずにただ時間が過ぎるのを待っていた。実際に時間が解決してくれた部分もあった。だけど紗雪は友達を失った。平穏を得たのかもしれないけど、あまりにも失った代償が大きかった。
 どうせ石川先生も、小学生の時の先生と同じだと紗雪は思っていた。
 だけど石川先生は違った。生徒に注意をすることをやめた石川先生は、紗雪に積極的に話しかけてきたのだ。
「大丈夫か?」「何か困ったことはないか?」
 毎日耳にたこができるくらい、同じ言葉をかけられた。他の生徒の前でも大きな声で話しかけてくる石川先生に、嫌悪感を覚えた紗雪は距離をとった。それでも石川先生は話しかけてくることをやめなかった。
 朝と帰りの二回。必ず石川先生は話しかけてきた。
 その効果があったのかはわからない。それでも石川先生に話しかけられてから、紗雪に対するいじめは少しずつ減っていった。
 この先生なら信頼できるのかもしれない。次第にその気持ちが高まった紗雪は、石川先生にとあるお願いをしてみた。
「母に会いに行きたいです」
 父には頼みたくても頼めないことだった。父が仕事で忙しいのは知っていたから。一人で行くこともできたかもしれない。だけど紗雪は一人では行けなかった。刑務所の母と二人きりで会う勇気を持てなかったのだ。