『昨日買った小説がすごいよかったの。サリ子にもオススメ!』

 小説が好きなぴかりんは、たまにこうしておすすめの本を教えてくれる。彼女がおもしろいならば絶対に間違いない。そう思っているわたしは、学校の帰り道に本屋に寄って早速その小説を買ってみた。
 今までは漫画や雑誌しか読んでこない人生だったけれど、ぴかりんと出会ってからは少しずつ活字の世界のおもしろさにも気づき始めていた。彼女が選んでくれる本はどれも活字初心者のわたしにとって読みやすくて、親しみやすい内容のものばかり。今回のはなしは、初恋をテーマにした内容みたいだ。

『ぴかりーん、早速買ってきた! これ恋愛もの?』
『もう買ったの? はやいね! これはね、恋愛ものだけど、それだけじゃないの。深くて感動したからサリ子にも読んでほしいなぁって思って』
『初恋の話か~読むの楽しみ! そういえばぴかりんって彼氏いるの?』
『彼氏なんていないよ! サリ子は?』
『彼氏はおろか、今は学校に友達すらいない状況。笑』
『学校なんて、狭い世界だよ。わたしも学校に友達はいないけど、気にもならない』
『ぴかりんは強いね。わたしはなんかだめだなぁ。最近は自分のことを信じられなくなってきちゃった』

 メッセージアプリでやりとりするように、ほとんど時差なくわたしたちの会話は流れていく。

『自分で自分のことを信じられないんじゃ、誰も信じてくれないんじゃないの?』

 ぴかりんのその言葉は、ストンとわたしの中心を射抜いた。
 彼女はいつでも、まっすぐに物事や意見を言う。それは一見冷たくも見えるけれど、決してそういうわけではないということは今まで接してきて分かったことだ。ぴかりんは気休めなどは絶対に言わない。それでもいつだって、わたしに寄り添った言葉をくれる。きちんと自分で考えるきっかけをくれる。こういう関係を友達と呼ぶのだろう。
 にこにこといつも笑顔でわたしを囲み、美香ちゃんのサインを頼んでいたかつての友人らの顔を思い浮かべる。あの子たちはみんな、いつだってわたしがすることを百パーセント支持してくれた。一度だって「のん、それは違うよ」などと言われたことがなかったのは、彼女たちがわたしと真正面から向き合ってなどいなかったからだ。
 そしてそれは、わたしにとっても同じだった。わたしは真剣に、彼女たちと向き合ったことがあっただろうか。自分の考えや本音を、きちんと伝えたことがあっただろうか。

『ぴかりん、わたしって多分めちゃくちゃに自分勝手な人間なんだ。最近、自業自得って言葉の意味を身をもって感じてる。今までわたしね、多分自分のことしか考えてなかったの。思いやりみたいなもの、持っているつもりで持てていなかったんだと思う。自分を良く見せることしか考えてなくて、周りを見ていなかった。自分のことを過信してたの』

 そうだ、わたしは過信してたのかもしれない。自分のしていることは正しくて、周りはいつもそれを喜んで応援してくれていると信じて疑わなかった。
 原田くんだってきっとわたしのことを嫌いだったりはしないはず。サリ子の正体が分かっても、きっと受け入れてくれるはずだなんて、何を過信していたんだろう。

“調子にのってる”

 以前匿名で送られてきたメッセージが頭に浮かぶ。あの時は、なにこれって思った。調子になんかのっていないのにって、そう思った。だけどそうじゃない。実際に、わたしは調子に乗っていたのだろう。過信して、高を括って、調子にのって、自分がルールみたいな顔をして。
 何事にも理由がある。時にそれは、ただの僻みや謂れのないもののこともある。だけどやっぱりそれだけじゃない。
 ぴかりんへの返信を打つ中で、自分の本音と向き合っていくのは、心の奥底の鏡と対峙しているような不思議な気分だ。

『本当のサリ子は、どんな人なの?』

 いつもすぐに言葉が返ってくるぴかりんにしては珍しく、少し時間が経過してから返信が届いた。

 ──本当のわたし、か。

 もう同じ間違いは犯したくなかった。ぴかりんは今のわたしにとって大切な友達だ。例え会うことがないとしても。例えネットの世界だけだとしても。

『本当のわたしは、自分でもよく分からない。だけどこのアカウントを作ってからは、ここで話している自分が一番飾らない自分なんじゃないかなって思ってるんだ。作ってない自分。思ったことをそのまま言うわたし。周りの目を気にせずにいるわたし。だからきっと、ここにいるわたしが本当のわたし』

 半分はぴかりん、そして半分はもう届かないホイル大佐への言葉だ。
 本当なんだよ、原田くん。学校での花室野乃花は、ドクモをしている花室野乃花は、やっぱりどこか背伸びしてよく見せようとしているわたしなんだ。だからね、本当のわたしはここにいる。ホイル大佐と話していたサリ子が、本当の花室野乃花なんだよ。
 そんな想いは、もちろん彼に届くことはない。それでもわたしは今でも一日に何度でも心の中で呼んでしまう。
 ねえ原田くん、って。