いつもみんなに囲まれて食べていたお昼の時間はひとりになった。自分の中に残されていた小さなプライドは教室でお弁当を広げることを許さなくて、わたしは毎日、誰もいない中庭のベンチでお昼休みを過ごした。
「うん、あまーい!」
ある昼休み、青く広がる空を見上げながらプチトマトを口に入れる。甘くておいしいプチトマトは、お母さんがいつも選んで買ってきてくれるものだ。
ひとりきりのお弁当。おいしいのに、甘いのに、どうしてこんなにも味気なく感じてしまうのだろう。なんて、その答えは明らかだ。
「ひとりってつまんないな……」
そう呟くと、いつもひとりきりで過ごしていた彼のことが思い浮かんだ。わたしたちがわいわいとお昼を食べるその横で、誰と話すでもなくひとりきりでお弁当を食べていた原田くん。
彼はいつもお母さんの作ったキャラ弁の写真を撮り、なんとも幸せそうにそれを食べていたのだ。
改めて思う。彼は強い。その強さに、わたしは惹かれていたのかもしれない。
駅での一件以来、彼とは一言も話していないし、目もあっていない。サリ子のSNSは再びフォロワー数が0となり、何を吐き出しても誰にも届かない空間になっていた。まるでこの高い空のようだなとふと思う。
小さい頃、うっかりと手放してしまった風船が空へと高く舞い上がってしまったことがあった。あの赤い風船はどうなったのだろう。一体どこまで飛んでいって、そしてどうなったのだろうか。誰も知ることはない。
『小さい頃に飛んでった風船は今頃どうしているのかな』
雲一つない青空の写真を撮って、そんなポエムのような一言と共に投稿する。誰にも届かないからこそ、何の意味も持たないからこそ、言葉や写真を投じることが出来る。空っぽな自分自身をいつかの風船にくくりつけ、一緒に空へと放つように。
ふぅ、と小さな息を吐き出したところでスマホが小さく揺れた。確認すれば、つい今投稿した写真に新たなコメントがついている。
誰にも見られていないと思っていたのに、一体誰が──?
『いつも綺麗な写真と言葉ですね。この写真はサリ子さんが撮影したものですか?』
コメントをしてきたアカウントは【ぴかりん】となっている。初めて目にする名前だ。不審に思ってプロフィールページに飛んでみる。
【ぴかりん】
SNS初心者の女子高生。毎日のどうでもいいこと、かわいいもの。料理勉強中!
アイコンは彩りが綺麗なかわいらしいお弁当だ。彼女がフォローしているアカウントは料理家さんやお弁当をたくさん載せているアカウントばかりで怪しい人ではなさそうだ。
こうして知らない人からメッセージやコメントをもらうと、その相手をざっとリサーチする癖がついてしまった。というのも、のんのんのアカウントにはたくさんの誹謗中傷がいわゆる“使い捨てアカウント”から送られてきているからだ。
しかしこの“ぴかりん”はそういう感じではなさそう。投稿も自身のお弁当や色とりどりのわたあめ、かわいらしいユニコーンのぬいぐるみなどでとてもかわいらしい。
ほっとしたわたしは深呼吸をしてから返事を打つ。
『初めまして、コメントありがとうございます。スマホクオリティですが、なかなか綺麗に撮れたかなと思っています!』
誰かとこうしてコメントのやりとりをするのは久しぶりだ。ほんの少し、心が躍った。
何度か読み返して送信ボタン。すると三十秒くらいで返事が来る。彼女もちょうどいま、ページを開いていたのかもしれない。
『お返事ありがとうございます! すごく綺麗な写真で見とれてしまいました。もしよかったら、またコメントさせてもらっても大丈夫ですか?』
『もちろんです! プロフィール見させてもらいましたが、同じ歳だと思います。ぜひこれからよろしくお願いします』
かわいい絵文字がたくさんのコメントに、わたしも絵文字をふんだんに詰め込んで返事をした。
顔も知らない誰か。だけどそんな彼女からのコメントは、色のないわたしの日常にちいさな灯を照らしてくれた。顔も知らない、どこの誰かもわからない、そんな見知らぬ誰かなのに。