所詮は作り物の世界。
 所詮はインタ─ネットの世界。
 現実とそれは全くの別者。
 そうやってずっと割り切ってやってきた。俺がネットの世界に自分のアカウントを持つようになったのは中学一年の夏。アニメについて様々な知識や歌マネを披露しているひとたちがインタ─ネットの世界には溢れていると、近所のアニメオタクである先輩が教えてくれたのがきっかけだ。先輩の家に入り浸って、手取り足取りネットの歩き方を教わって、そこで生まれたのがホイル大佐。つまりホイル大佐は今年の夏で五周年を迎える。
 まあ今まで一度たりとも、今日が何周年記念日だなんて投稿したことはないし、今後もその予定はないのだが。目立つことは好きではない。それは、現実世界でもネットの世界でも変わらない、俺の一貫した思いだった。
 自分の思ったことや感じたことを投稿するだけ。アニメへの想いとか勝手な考察だとか、そんなものをぽいぽいと投げる壁打ちアカウントのつもりだった。それが気づけばいつのまにかフォロワ─が増え、ホイル部隊と名乗るひとたちが現れた。ちなみに俺が言い出したわけではないし、そんな言葉は一度だって使ったことはない。ただ単に、俺の投稿を見てくれる人たちでコミュニティが出来ていたというだけのことだ。俺の知らないところで。
 フォロワ─が増えるにつれてわけの分からない悪質なコメントも増えていったけれど、これは社会の縮図のようなものだ。分母が増えれば変なやつも紛れ込む。それでもここは便利な世界で、指先ひとつでそんなやつらを排除することができるんだ。
 指先ひとつ、一秒足らず。それでブロックできる世界。それだけで自分の世界を守ることができるわけだし、どんなことをネットで言われていようとも正直俺の実生活にはなんの支障もきたさない。気軽で気楽、イ─ジ─な世界だ。
 フォロワ─がたくさんいてどんな気分かって聞かれたこともあるけれど、別にどうもこうもない。だってホイル大佐は現実世界の俺というわけではないし、ここでの関係だってただの仮想現実の世界に限られるものだ。

 ぶぶっと震えるスマホを見れば、ホイル部隊隊員ナンバ─ワンを自称するピノッキ─からのコメントが届いていた。一瞬、ある人からのメッセ─ジかと思った俺は小さく頭を振る。ばかばかしい。誰かからの返事を待つなんて、本来の俺ではない。

『昨日のホイル大佐の考察、実に興味深く拝見させていただきました! みな激しく共感しておりますな』

 ピノッキ─は社会人だ。年齢は知らないが、投稿を見ていれば「仕事が」などと言っているからそのくらいは分かる。俺の方がずっと年下だということは本人も分かっているはずなのに、出会ってからずっと敬語を崩さない律儀な性格だ。そもそも上下関係でもないのだから変な話ではある。

『ホイル大佐が発信したからというだけだ。一言一句違わぬものでも、別のアカウントで投稿すれば誰も見ることすらしないさ』

 たくさんの"いいね"が付いたからって何だって言うんだ。仮に俺が"原田"としてのアカウントも持っていたとして、そこでホイル大佐と同じ発言をしたとしよう。同じ人物がまるで同じ言葉を投稿しているはずなのに、ホイル大佐ではあっという間にいいねが500つく一方、原田では何時間何日間何週間経てども反応なんかひとつもこない。
 結局はみんな、何も見てなんかいないんだ。ホイル大佐という架空の人物のイメ─ジをそれぞれが持っていて、そいつが何かを言うからおもしろいと思い、興味深いと感じる。物事の本質だとか、ひとの本質だとか、そういったものが見えないのがこの世界だ。
 決してそれがいけないわけじゃない。俺はいろいろなことがグレ─で染まる生温いこの世界が心地よくそれでいて気楽だから、こうしてホイル大佐の毎日を生きているのだ。

「のん、何か欲しいもんないの?」

 隣からは花室さんとその奥に座る鈴木の会話が聞こえてくる。

「え、突然なんで?」
「だってドクモランキング一位になったんだろ? お祝いしたいじゃん」

 花室さんも鈴木もスク─ルカ─スト上位者だ。派手でうるさくて、そして自惚れている人種。
 どうして付き合ってもいないのに鈴木が花室さんにプレゼントなんか送るのか。こういうことをしていいのは、アニメの中の本当にかっこいい男に限られるのだ。……まあここがアニメの世界なら、鈴木は確かにそれを許される部類なのだろうが。
 ともだち・せいしゅん・れんあい・なやみごと諸々。
 そんなものは俺にとってはどれも無縁な事柄で、欲しいと思ったことすらない。原田洋平には友達がいない。だけど、ホイル大佐には仮想友達がたくさんいる。何かしら投稿すれば誰かしらが反応してコメントをくれる。そこに本物の友情なんかなくたって、別によかった。さみしさを感じたこともないのは、仮想友達──バ─チャルフレンズがいてくれるからかもしれない。