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 TEENROSEのドクモになってから、毎月最新号が自宅に届くようになった。編集の西山さん曰く「フクリコーセー的なもの」らしいのだが実はよく分からない。ただ、高校生にとって毎月七百円を雑誌に使うのは結構な出費なので、すごくありがたいシステムだ。
 編集部で働いているのは素敵な人達ばかり。みんなおもしろくて、かっこよくて、そして優しい。しかしそんな編集部の大人達は、時として誌面上で残酷なことも企画するのだ。
 例えばそう──、ドクモ人気投票イベントとか。

「今年もやって来たねーっ、人気投票!」

 編集の西山さんは楽しげに言うと、ため息をつくわたしの背中をぱんと叩く。

「のんのん、ハングリー精神大事にしてこう! これはさ、ただの人気投票じゃないんだよ。ドラマなの!」
「わたしは今年も真ん中くらいですよ」

 このイベントは、毎年春に行われる恒例企画。その名の通り、読者からの投票によってドクモナンバーワンが決められるものだ。人間にランキングをつけるような非道なイベントなのに、なぜだかとても人気があり毎年異様な盛り上がりを見せている。この期間だけはプロのモデルよりもドクモにスポットライトが当たることもあり、みんなの気合いの入りようもすごい。

「とにかくさ、わたしとしてはのんのんにもっと活躍してもらいたいわけ。でもそれもさ、本人次第だから! ほらっハングリーハングリー!」

 西山さんはそう言うと、豪快に笑いながらもう一度わたしの背中をぱんぱんと叩いた。

 “一位になったドクモは人気モデルと一緒にファッションショ─でランウェイデビュー! お気に入りのあの子を応援しちゃおう!”

 それから数日後、こんな大見出しのついた特集の中で、改めてドクモ達のプロフィールが改めて紹介された。
 名前、生年月日、身長体重、出身地にSNSのアカウント。趣味や特技、すきな食べ物などなど。今後活躍するかもしれない金の卵を見つけるために芸能事務所もチェックしているという噂もあり、みんなのプロフィ─ルには三倍増しにしたような華々しい特技や趣味も書かれていた。ちなみにわたしのものはというと、趣味欄はメイク、特技欄には写経と書いておいた。写経って知ってる? お経を写すものなんだけど。親戚の家が大きなお寺で、遊びに行くたびにしていたから今ではお経は諳んじることも出来る。西山さんには、渋いね! と褒められたし誰かとかぶる事もなかったからこれはこれで良かったと思う。
 さてそのプロフィールを皮切りに、のんのんのSNSアカウントのフォロワー数は一気に増えていった。

『のんのん大好き! 応援してます!』
『のんのんの笑顔にいつもパワーをもらっています。おしゃれも参考にしているよ』
『写経始めました』

 そんなコメントやメッセージが毎日のように届く。それはとても嬉しくて刺激的なことだった。そんな日々が重なる中で、イベントに対して消極的だったわたしはいつしか、応援してくれる人たちの期待に応えたいと思うようになっていったのだ。応援のパワーって本当にすごい。自分のことを認めてくれる人たちがいるということは、すごく幸運なことだ。直接の知り合いというわけでもないのに。
 SNSをもっともっと更新しなきゃ。おしゃれなメイクとか食べ物とか、とにかくみんなの期待に沿えるような写真をアップしよう! そんな風に意識が変われば、今まで義務的に更新していただけのSNSが鮮やかな色を持つようになった。
 いいねの数が増えると喜んで、フォロワー数のチェックも日々の日課となる。数が増えれば嬉しかったし、一人でも減れば自分の投稿を見返して何がいけなかったのかなと考える。自分の名前を検索して、ポジティブな投稿があればお守りとして保存した。
 クラスの子たちも、のんに投票するからねと応援してくれている。そう、これはチャンスなんだ。順位をつけるなんて非道だと思ったこともあったけれど、それを勝ち取れば大きなチャンスにもなる。だとしたら、今出来ることを頑張るしかない。
 ダイエットにファッション、メイク。従姉妹のお姉ちゃんにねだって譲り受けたブランドもののショルダーポーチにお小遣いを前借りして買ったハイブランドのアイシャドウ。表情の作り方にポージング。
 SNSを通して、わたしは自分を売り込んでいく。そうやってひとつひとつを小さな箱の中に落とし込めば、"のんのん"という人間の情報は一瞬で世界中へと飛んでいった。顔も名前も知らない人たちと電波を使ってやりとりをする。応援してもらったり、憧れていると言われたり、プラスのパワーをもらえたり。インターネットというのは本当にすごい。
 気付けばサリ子のアカウントを開くのは寝る前だけになっていた。ホイル大佐とのやりとりも、三日に一度あるかないかだ。
 本当は、彼に全部話したかった。今、こんなことに夢中になっていて毎日が充実しているんだと彼に知って欲しかった。だけど、ホイル大佐が知っているのはアニメが好きなサリ子であって、ドクモをしているのんのんではない。
 そのことは、いつしかわたしの中で抑えるのが難しい歯痒さともなっていったのだった。