「……瀬名先輩。そんなに窓開けて、桜の花びら散らかして……怒られますよ」
「いいだろ、ここ、誰も来ねぇし」
 瀬名先輩は窓に腰かけて、私の言葉を軽く笑って流した。
 アッシュ系の黒髪が、光に透けて白く光っている。
 淡い桜の花びらが、瀬名先輩の肩に、頭に、降り積もっていく。
 その光景があまりにきれいで、私は思わず見惚れた。そして同時に、切なくなった。
 ……ああ、瀬名先輩とこの学校で会うのは、本当に本当に、今日が最後なんだ。
 これからも会えると知っていても、なんだかしみじみとしてしまう。
「こっちおいで、琴音」
 呼ばれるがままに瀬名先輩の元へ近づくと、「鼻に花びらついてる」と笑われた。
 そういえば、いつからか琴音と呼ばれることが普通になっていたな。
 ぶんぶんと顔を横に振って、犬のように花びらを落とすと、瀬名先輩はもっと楽しそうに笑った。
 不思議だ。はじめてここに呼び出された日は、先輩のことが怖くて仕方なかったのに、今は泣きだしたくなるくらい、彼がこの学校からいなくなることが悲しい。
『俺にとって大切な人つくるってことは、無意味なことだから』と、あの日瀬名先輩は悲し気につぶやいていた。そして私も、同じように思っていた。
 でも、今は違う。
 先輩と過ごす一秒一秒に意味があると、この心臓に刻みつけている。
「瀬名先輩、ご卒業おめでとうございます」
 笑顔でそう伝えると、瀬名先輩は一瞬目を丸くしてから、照れ臭そうに顔をそむけた。
「……なんだその笑顔。お前、人前で不意打ちで笑うなよ」
「どういう意味ですかそれ」
「……嘘。たくさん笑え」
「はあ……」
 何も分かっていないような相槌を打つと、瀬名先輩にバシッと背中を叩かれた。
 なぜ叩かれなければいけないのか、まったく分からない。
 理不尽に感じながらも、私はふと最近聞いた噂を思い出し、問いかけた。
「そういえば瀬名先輩、成績一位だったのに担任に嫌われ過ぎて卒業者代表なれなかったって、本当ですか」
「え、なんで知ってんのそれ」
「村主さんから聞きました」
「アイツ……。マジで口軽いな」
「瀬名先輩が登壇するところ、見てみたかったな」
「なんでだよ、全然似合わないだろ」
「似合いますよ。瀬名先輩は謎のカリスマ性があるから」
「お前、俺のこと過剰評価しすぎ」