思った以上に人がいる。
あの人を見つけるのは至難の業かもしれない。

「ねえ、今日これが終わったらご飯に行かない?」
「今日こそ遊びに行こうよ」

帰ってしまおうかと思っていたら、近くで男の声が聞こえて来た。
誰か誘われていて、大学ならこういうことがあるのか、なんて思いながら見回してみる。

「遠慮します」

誘われた人は冷たい声で断った。

かっこいい人……

「え……」

僕はその冷たい声の主を見つけてしまった。
あの人だ。

姉さんが言っていたのは嘘じゃなかったらしい。
見たことがないくらい、目に光がない。

僕が彼女を凝視しすぎたせいか、彼女が僕に気付いた。

みるみる明るくなっていく。
だけど、すぐに目を逸らした。

あの日以来会っていないのだから、こういう反応は当然か。

「どうしたの?」
「もしかして知り合い?」

男たちは断られたくせに、彼女に言い寄っている。

僕はそれが面白くなくて、間に割って入る。

「僕の彼女に近寄らないでもらえますか」

威嚇のつもりで睨むが、男たちは大声で笑った。

「そんな見え見えの嘘をつくなって」
「さっき思いっきり目、逸らされてたのに、彼女って」

……僕、かっこ悪くないか。

こんなにあっさりと嘘だってバレて、好きな人も守れないなんて。

「嘘じゃない」

すると、後ろにいた彼女が僕に抱き着いてきた。

「ヒロトは私の彼氏だよ」

今までうっとうしいと思っていた行動に、初めて嬉しいと思ってしまった。
初めて名前を呼ばれたこともあってか、余計に照れる。

そんな僕たちを見て、男たちは舌打ちをして人混みに消えていった。

その瞬間、彼女は僕から離れた。

「助けてくれてありがとう、弟君」

作り笑顔だし、呼び方戻ったし。
なんだこれ。
一気にどん底に落とされた気分なんだが。

彼女はそれ以上何も言わず、僕から離れようとする。

僕は咄嗟に彼女の手首を掴む。

「弟君……?」

彼女は困惑した表情で僕を見てくる。

「嘘じゃ、ないんで」
「……何が?」

まさか冷たい声が僕に向けられるとは思っていなかった。
まるで拒絶されたようだ。

「あなたのことを、好き……ってやつ、嘘じゃないです」
「……信じないもん。弟君、ピュアなくせに、嘘の告白ができる人だもん。今も私のこと、からかってるんでしょう?」

泣きそうな表情に、自分がどれだけのことをしてしまったのかを思い知らされる。

からかっていたのはあなたのほうだ、と前の僕なら言っただろう。

でも、そうじゃないってわかったから。
真剣に彼女に向き合わなければと思ったから。

「からかってません。本気で、あなたのことが好きです」

すると彼女は泣きながら僕に抱き着いてきた。

「あのね、弟君」

彼女は耳元で囁く。
耳元で聞こえてくる好きな人の囁き声というのは、割と好きかもしれない。

「名前呼んでほしいな」

そんな可愛いおねだりをされて、応えないわけにはいかない。

僕も彼女の耳元で名前と、そしてもう一度好きだと伝える。
彼女は僕の首に回していた手に力を込めた。

少し苦しいが、彼女が笑ってくれるなら、これも悪くない。

もう、君を傷つけないように頑張るから。
いつまでも僕の隣にいてね。