「やっほ、弟君」

僕が暑い中歩いて帰ってきたら、彼女は僕の家のリビングで涼んでいた。

彼女がいることに違和感を覚えなくなってきていて、どれだけ馴染んでいるんだと呆れてしまう。

「ちょっと、挨拶くらいすれば」

実の姉が喧嘩腰に言ってくる。

彼女を客扱いできるかと思うほど、よく来るのだ。
どう挨拶をしろと言うんだ。

「まあまあ。弟君も照れてるんだよね。お姉さんが来て」

姉さんを宥めようとしてくれているのは助かるが、何を言っているんだ、この人は。

彼女は無意味に僕の隣に来た。

「もう、そんなに照れないの」

必要以上に体を密着させ、人差指で僕の頬をつつく。

今のどこで僕が照れていると判断した。
というか、当たっているがわざとか。

本当に、この人が何をしたいのかわからない。

僕はそっと彼女を押す。
そしてこれでもかというほどの作り笑いを浮かべる。

「ゆっくりしていってくださいね」

それ以上関わられても面倒なので、さっさと二階に上がる。

床にカバンを投げ、ベッドに仰向けに寝た。

「……柔らかかった」

少し思い出すだけでも頬が熱くなる。

彼女が僕をからかってやっていることだとわかりきっているからこそ、彼女の前で素直になるわけにはいかなかったが。

内心、混乱していた。
高校三年生男子ともなると、気にならないほうがおかしいだろう。

しかし不可抗力だ。
あれは、あの人が引っ付いてきたから、当たったんだ。

僕は何もしてない。

思い返してみると、やはり呆れてため息が出る。

確かもうすぐ二十一歳の誕生日を迎えると聞いた。
それなのに、年下をからかうようなことをして……

本当に大人と言えるのか、あの人は。

もう一度ため息をつこうとしたとき、ノックと同時にドアが開いた。
誰が入って来たのか確かめようと体を起こそうとしたけど、入って来たその人が僕の上に乗って来たせいで起き上がれなかった。

「……何してるんです」

入って来たのは、あの人だ。

あと数センチで唇が触れてしまうのではないかというところまで、近付いてくる。

「弟君がベッドの上にいたから、乗ってみた」

……ちょっと何言っているのかわからない。

「こういうこと、興味ないの?」

彼女はそう言って、服の中に手を入れて来た。

「本当に!」

僕は慌てて彼女を引き離す。

「何するんですか!」

僕は怒っているのに、彼女は楽しそうに笑っている。

あなたは楽しいでしょうね。
でも、僕は一つも楽しくないし、面白くない。

本当に本気でやめてほしい。

「やっていいことと悪いことがあるんだよ……」

ベッドから降りてキャスター付きの椅子に座り、彼女と距離を取る。
しかし彼女はそこから動こうとしない。

それどころか、まるで誘っているかのような目で僕を見てくる。

「弟君、私に興味ないの?」
「そういう話はしてません。第一、付き合ってもないのに」

彼女は僕をバカにするように笑う。

「弟君は意外とピュアなんだねえ。好きな人とじゃないと、キスもできないでしょ」
「いけませんか?あなたみたいに冗談でそういうことをするよりかはマシだと思いますけど」

すると彼女の表情がわずかに変化した。
それはなんだか悲しそうで、だけどどう声をかけていいのかわからず、僕は見て見ぬふりをすることにした。

「そうだ。今日私ここに泊まるから」

唐突なお知らせに、思考回路が停止する。

「……なんだって?」
「お泊りするの。一晩中一緒にいられるよ」

冗談じゃない。
たった数時間でも嫌で嫌で仕方ないのに、一晩中だなんて、冗談じゃない。

「……もちろん、姉さんの部屋で寝るんですよね?」
「ううん、この部屋」

出て行け。
そして今すぐ帰れ。

一緒に寝るとか、何されるかわかったもんじゃない。

「晩ご飯は私が作るから、楽しみにしててね」

そして彼女はやっと部屋を出て行った。

僕に逃げ道はないのか。
どうしても彼女に捕まってしまうのか。

ああ、憂鬱だ。
最悪だ。

もういっそのこと、このまま寝てしまおうか。

いや、その間にあの人が僕の部屋に来ることのほうが嫌だ。

僕は諦めて私服に着替え、リビングに向かった。