「ちょっと、そのメガネも外してみない?」
「む、無理です」


彼はフレームを手でがっしりと押さえた。


「あー、見えなくなっちゃうからね。あはは」


だてメガネなのに、私はどうして嘘をついたのだろう。
彼の透き通るような瞳の美しさをひとり占めしたかった?


「ほら、ネクタイ曲がってる」


私はいつものように彼のネクタイを直す。


「ずっとおかんにしか見えなかったけど、今日は彼女に見えるわ」

「変なこと言わないでよ、真由子。はい、仕事しよ」


私は十文字くんを促して自分の席に戻った。


「うしろ向いて」
「はい」


そしていつもの儀式。
さっぱり切ってもらった髪は清潔感が漂うようにはなったものの、やはり寝癖がついている。

寝癖直しスプレーを吹きかけてくしで梳かす作業はこれからも続くらしい。

うれしいような悲しいような複雑な心境だった。