「そ、そうね……」
仕事のとき、まれに私が運転することもあるが、渋滞を回避しようとしていつも迷うのでそう言っているのかもしれない。
どうやらもののけの話ではなさそうだ。
「そこのビルじゃないですか?」
「ほんとだ」
ここは良心的なお値段でスーツをそろえることができることから、若いビジネスマンに人気だとか。
あのお札を見せられては、もう少し高級店でもよかった気もするけれど、シャツもネクタイもできれば新しくしたほうがいい。
店内に入ると、彼は熱心にスーツを手に取りだした。
しかしすぐに放棄して「篠崎さん」とすがるような視線を向けてくる。
「私が選ぶの?」
「お願いします!」
いいのかしら……と思いつつ、内心ウキウキしているのは否めない。
髪形を整えたらイケメンへの階段を上がり始めた彼を、自分好みにしたい。
「私、スリーピースに弱いのよね」
「なんか言いました?」