「うしろはこれでいいですか?」


座っている十文字くんの隣に立つと、彼はくるっとイスを回して私のほうに体を向ける。

その拍子に彼のひざがもののけに当たり、あんなに離れなかった男の子が一瞬で姿を消した。

助かった?


「うんうん、すごくいいよ」


なんて、ろくに見もせず返事をする。

爪が食い込んでいたはずの脚にチラリと視線を送るとストッキングが伝線して、うっすらと血がにじんでいた。

間違いなくもののけがいたんだと思えば、顔がゆがむ。


「篠崎さん?」
「あっ、ほんとにいいよ。かっこよく仕上げてもらってね」


私は曖昧にごまかして褒めたあと、トイレに向かった。


おしゃれな美容院のトイレは比較的広めで、ストッキングを変えるのにも窮屈しない。

替えを持ってきてよかった……。
なんて自分の心を落ち着けようとするが、ふくらはぎに残る爪の痕に震える。

どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないの?