彼はさっきから『え……』としか言ってない。


「予算オーバー?」


心配になって懐具合を尋ねる。
貯金はあると言っていたので大丈夫かと思っていたけど、カルチャーショックかしら。


「お金は……」


彼はおもむろにポケットから財布を取り出して私に見せた。


「ちょっ、いくら持ってきたの?」


そのお財布がパンパンに膨らんでいたので、顎が外れそうになる。


「三十万くらいです」
「しまって!」


こんな人ごみで広げないで。
しかも、無造作にポケットに突っ込んでおいたらすられるよ?


「多すぎるよ」
「すみません……」


とことん限度というものを知らない人だ。


「カードは使わないの?」

「はい、持ってません。見えないところでお金が飛んでいくなんて怖くて」


なんて古風な。
キャッシュレスを推奨している国の政策に全力で抗う人を見つけてしまった。


「そうね……。カードだとつい使いすぎるけど、便利だよ? とにかく今日は、お財布を盗まれないように注意して」

「わかりました」