十文字くんは作業の手を止めることなく返事をする山本さんに恐れをなしているようだ。

でも、こんなことは日常茶飯事。
こちらを向いてもらえるような話をすればいい。

私は励ます意味でトンと十文字くんの背中を叩いた。

すると彼は、スーッと大きく息を吸い込んでから口を開く。


「弊社の『ネクスト黒 スタウト』をご検討いただけないでしょうか?」


えっ、ストレートすぎない? 
さりげない会話から入るのが営業テクニックというものでしょう?と焦ったが、もう遅い。


「ネクスト黒?ってなんだっけ」
「上面発酵の黒ビールのことです」


十文字くんはそこで固まってしまった。
続きは?


「黒ビールは入ってるからいいよ」
「そう、ですよね……」


あぁっ、押しの弱さを発揮しないで! 
山本さんを否定せずにこっちの話にのせるのよ?

ハラハラし通しで、口を挟もうとしたそのとき。


「こちらで採用されているガイアさんの黒ビールは、下面発酵なんです。まったく味わいが違いますので、い、一度お試しいただきたく……」