「十文字くん、先に行ってみて」
次の得意先、『スーパーまるは』では彼を先立たせた。
私が話しだすと口を挟む余地がないのかもしれないと反省したからだ。
「は、はい」
不安げな表情を浮かべる彼だけど、私の言うことには逆らえないらしい。
ここは地域密着型のスーパーだ。
決して大きくはないが価格が控えめで近所の人たちに重宝されていて、いつ来ても店の前には自転車がずらっと並んでいる。
「こんにちは。エクラです。いつもお世話になります」
十文字くんは裏口から店内に入り、事務所にいた店長にまずはあいさつをした。
ここまでは上出来だ。
「おぉ、エクラさん。朱雀(すざく)の売り上げ、好調だよ」
「ありがとうございます」
十文字くんと声がそろう。
ここは以前から取引があるが、先月、ほんのり赤みを帯びたエールビールの朱雀を採用してもらったのだ。
ビールにもいろいろ種類があり、どの会社も大量生産しているのは、下面発酵で造られる〝ラガー〟というタイプのもの。