「これうまいんだよ。いただこう」
深沢さんは今までの会話なんてなかったかのようなすがすがしい笑顔で、私にレアに焼かれた柔らかい牛肉を勧めてくれた。
しかし、動揺している私には、その味がよくわからなかった。
今も周囲にたくさんのもののけがいるということ?
ずっと押しつぶされるような苦しさがあるのは、弱っている証拠?
帰りたい。
もしも私と同じように見える深沢さんが一緒にいることでもののけの数が増えているのなら、申し訳ないけど彼から離れたい。
彼は怖くはないの?
私のように苦しくないの?
もののけがいるとわかっているのにまったく動じない深沢さんの様子に、首をひねる。
それからはワインをたしなむ気にもなれず、ひたすら食事を進めた。
一刻も早く帰宅するためだ。
「顔色が悪いよ?」
「すみません。ちょっと気分が……」
とても笑えなくなった私は正直に伝えた。