「もう少しあとであいさつに行こうか」
「はい」
私は十文字くんに提案した。
別に一緒に行く必要はないけれど、真由子とは違って彼ひとりでは無理だと思ったからだ。
席の近い人たちと話をしているうちに、野坂さんがいよいよネクタイを外し始めた。
彼の酒癖の悪さを知っている先輩はグラスを持ってさりげなく席を移動している。
「十文字くん、そろそろ深沢さんのところに――」
「十文字、それはなんだ? ビールを飲め、ビールを」
私も十文字くんを連れて逃げようと思ったのに、少し遅かった。
野坂さんはビール瓶を持って十文字くんに迫る。
「とりあえず注いでもらって」
こっそり耳打ちすると、十文字くんは「ありがとうございます」とコップを差し出した。
「ほら、飲め」
「あっ!」
そのとき私は大きな声を出し、深沢さんのほうを指さした。
すると野坂さんはそれにつられて顔を横に向ける。
その間に、自分の空になったコップと、十文字くんのコップをこっそりすり替えた。