マキウスからこの国の歴史について教えてもらった時に、魔法の存在は聞いていたが、実際に使っているところを見るのは初めてであった。
 モニカが目を輝かせていると、エクレアの無表情だった顔がわずかに動いたのだった。

 「ええ。魔法です……。モニカ様は魔法の存在をご存じないのですか?」

 薄暗い倉庫部屋に入ると、幾つも棚が並ぶ中から、エクレアは迷わず扉近くの棚に向かった。
 その背に向かって、モニカは話を続けたのだった。

「マキウス様から魔法の存在自体は聞いていましたが、実際に使っているところを見るのは初めてで……」
「そうでしたか。鍵くらいの簡単なものなら、魔法を使っていますよ。ほとんどのカーネ族は、これくらい誰でも使えるので」

 この屋敷に限らず、この国では鍵は魔法で掛けるのがまだ一般的であった。
 それはこの国の住民の大半が、魔法が使えるカーネ族ばかりだからだったと言われている。
 金属製の鍵が出来たのは、二百年前のユマン族との同盟が結成してから。
 それでも、今でもカーネ族の多くは、鍵を持ち歩く癖がついていない。
 鍵を落とし、拾った鍵を使って悪用される心配が無い分、管理が楽だからと、魔法で鍵を掛ける者がまだまだ多いらしい。
 
「魔法の鍵でしたら、登録した者以外は開けられません。もしくは、その鍵を最初に掛けた者が許可した者しか開けられません」

「この屋敷だと旦那様ですね」と、予備の布オムツを出してくれながら、エクレアは説明してくれたのだった。

「そうなんですか……。じゃあ、私は開けられないんですね」

 確か、モニカたちのような人間――ユマン族は、魔力を持っていなかったはずだった。
 モニカが肩を落としていると、エクレアは首を振った。
 
「いいえ。モニカ様のようなユマン族も、魔法の源である魔力が宿ったアクセサリーや小物を使えば、開けることが出来ます」
「それじゃあ、私も!?」

 モニカは頬を紅潮させると顔を上げる。

 まだ御國だった頃、小説や映画に登場する魔法使いに憧れていた時期があった。
 アーサー王伝説に登場する魔術師・マーリンのように、童話に登場する魔法使いのおばあさんのように。
 魔法が使えたらどんなにいいかと、考えたものだった。

 けれども、エクレアは無表情ながらも、眉間に皺を寄せて、何やら考えているようだった。

「そうですね……。魔法石ならモニカ様も扱えるかもしれません」
「魔法石?」

 モニカが首を傾げると、エクレアは「はい、魔法石です」とだけ答えた。
 どうやら、説明する気は無いようだった。

「旦那様に相談されてはいかがでしょうか? どのみち、この屋敷内は旦那様が許可した者しか開けられません」
「旦那様……マキウス様にですか」

 その時、遠くから呱呱(ここ)の声が聞こえてきた。
 ニコラが泣き出したようだった。

「ああ、部屋に戻らないと!」
「後はこちらでやっておきます」
「ありがとうございます。エクレアさん。お願いします!」

 そうして、エクレアと別れて、布オムツを抱えたモニカは部屋に急いだのだった。