マキウスと婚姻届を提出しに騎士団に行って、しばらく経った昼下がり。
 アマンテと交替してニコラを見ていたモニカは、ニコラのオムツを替えていた。

「オムツ替えもすっかり慣れたなあ……」

 オムツを替えてスッキリしたニコラは、モニカに向かって嬉しそうに笑いかけてきたのだった。
 取り替えた布オムツを汚れ物入れ用の籠に入れると、ニコラをベッドに寝かせる。
 この世界にはまだ使い捨ての紙オムツは存在しておらず、麻で織られた布オムツを洗って使い回しをしていた。勿論、一度使った布オムツを洗って使い回しをするのはモニカの様な一部の貴族と平民だけで、王族や高位の貴族になると布オムツも使い捨てるらしい。
 使った布オムツは、毎日使用人たちが洗っては、ニコラのベッド下の箱に補充してくれているのだがーー。

「あっ! もうストックが無いんだ……」

 手を洗い終わって片付けに戻って来たモニカは、予備の布オムツを入れている箱が空になっていることに気付く。
今朝のアマンテの話によると、昨晩から今朝にかけて、ニコラがお腹を下したらしい。
 いつも以上にオムツを替えており、アマンテもほぼ寝ずにニコラを見てくれた。
 それもあって洗濯が間に合わず、予備のオムツが無くなっていたのだった。

「う~ん。すぐに使いたい訳でもないから、誰かに頼むまででもないし……」

 モニカはベッド脇にある紐を眺める。この紐は使用人たちの部屋に繋がっており、紐を引くとティカたちが来てくれる事になっていた。
けれども、アマンテやティカを始めとする使用人は昼休憩中であった。
 呼べば来てくれるだろうが、こんなことでわざわざ呼ぶのも躊躇われた。

「仕舞っている場所はわかっているから、自分で取りに行ってもいいよね」

 後で誰かに言えばいいだろうと、ニコラが静かなのをいいことに、モニカは部屋を出たのだった。

 モニカの部屋のすぐ側には、ニコラの洋服や道具を仕舞っている倉庫部屋があった。
 マキウスによると、モニカが普段使っている部屋は、元々乳母のアマンテとニコラの部屋にするつもりだったらしく、すぐ側にニコラの洋服やオムツなどを仕舞っている部屋を用意したとのことだった。

「あれ? 鍵がかかっているのかな?」

 倉庫部屋のドアノブを回すが、鍵がかかっているのか何度回しても扉が開かなかった。

「他の人は、鍵を使っていなかったのに……?」

 前にティカと来た時はティカがドアノブを回しただけで扉が開いたので、鍵は掛かっていないと思っていた。最近掛けるようになったのだろうか。

「でも、鍵穴なんて見当たらないし……」

 ドアノブに顔を近づけるが、本来ならドアノブの上にあるはずの鍵穴が無かった。念の為、扉周辺も見てみたが鍵穴らしきものは見当たらなかった。

「鍵を掛けた訳ではないのかな……?」

 鍵を掛けたのではないのなら、一体どうして開かないのかーー。
モニカが扉の前で戸惑っていると、一人のメイドがやって来たのだった。

「モニカ様?」

 振り返ると、屋敷のメイド服に身を包んだモニカと同年代くらいの女性が立っていた。
 いつだったか、ティカと一緒に部屋の掃除に来てくれたことがある。
 確か、名前はーー。

「貴女は……。ティカさんのメイド仲間の……?」
「はい。ティカのメイド仲間のエクレアです」

 切れ長の緑色の瞳に、雪の様に真っ白なボブショートの髪。
 頭からも同じ色のフワフワの毛を生やしたエクレアは、抑揚のない声で話すと、無表情で頷いたのだった。

 ティカから聞いていた説明によると、この屋敷に移る際に、以前働いていた屋敷からティカと共にやって来たというメイド仲間がエクレアらしい。
 無表情で何を考えているかわからないところがあるが、ティカ曰く「とても優しくて、仕事はとても優秀な、仲の良い友人です」とのことだった。

「この部屋がどうされましたか?」
「ニコラの予備のオムツが無くなってしまったので補充しようかと……」
「そんなことでしたら、私たちを呼んで頂ければ良かったのに……」

 エクレアは呆れた様に溜め息をついたのだった。
 エクレアによると、使用人は交代で昼休憩を取っており、一度に全員は居なくならないので、モニカが呼べば休憩をしていない使用人が来たとのことであった。

「そうだったんですね~。知りませんでした」

 いつもモニカが使用人を呼ぶと、ティカしか来ないので、ずっとモニカの世話係はティカしかいないのだと思っていた。そのことをエクレアに話すと、「ティカは旦那様とメイド長の指示でモニカ様専属のメイドになったので」と返されたのであった。

「ティカは食事中ですが、今の時間でしたら手が空いていた私が来ました。特にモニカ様からお呼びがかからなかったので、洗濯係の手伝いをしていたのですが……」

言われて見てみると、エクレアの足元には綺麗に畳まれた布がいくつも入った籠が置いてあった。モニカの視線の先に気付いたのか、「中はニコラ様のベッドシーツや寝間着です。昨晩汚されたので、洗って乾いたものをお持ちしました」と教えてくれたのであった。

「すみません……」
「……それでは、開けますね」

 そんなモニカに構うことなく、エクレアはドアノブを掴む。一瞬だけドアノブが光ったかと思うと、扉は難なく開いたのだった。

「あれ? 鍵がかかっていなかったの……? 私の勘違いだったかな……?」

 開かないと騒いでいた扉が難なく開いたことが恥ずかしくて頭を掻いていると、エクレアは首を振った。

「いいえ。鍵はかけていましたよ。ただ魔法で締めていただけです」
「魔法で!?」