「私自身も、モニカの妊娠については責任を感じています。
 妊娠が発覚したモニカは、更に酷い有り様となったので……」
「そんなに酷かったんですか?」
「……毎日、泣き叫び、暴れていました。
 屋敷には、常にモニカのヒステリックな声が響き渡り、家具が倒れ、ガラスが割れる音が連日続きました。
 それが原因で、多くの使用人たちが仕事を辞めて、屋敷を出ていきました」

 膝の上で、マキウスは両手を強く握っていた。

「この時には、私の声どころか、もはや誰の言葉もモニカには届かなかったのです」
「でも、ニコラを産んだんですよね? それは……」
「臨月が迫った頃、ようやくモニカが落ち着いたんです。
 半ばペルラとアマンテに説得されて、ですが……」

 大きく息を吐くと、マキウスは話しを続けた。

「二人の付き添いの元、何とかモニカはニコラを産みました。
 順番こそは間違えましたが、これからは二人でニコラを育てていこうと、そう話しました。
 それなのに出産後のモニカは、体調が整ってくるとすぐニコラ共々、部屋に閉じ籠ってしまいました。
 誰にも会わず、乳母のアマンテにさえ、ニコラを触れさせずに……。
 もう、モニカと良好な関係は築けないかもしれない。
 そんな中、再び事件は起こりました」
「それが、もしかして……」

 モニカの呟きに、マキウスは頷いた。

「ニコラが生まれて約二ヶ月が経った頃、モニカは階段から転落しました」

 マキウスの話によると、仕事中だったマキウスが使用人から連絡を受けて、慌てて屋敷に戻ると、階段の下には使用人が呼んだ医師と、様子を伺う使用人に囲まれて、血塗れのモニカが倒れていた。
 マキウスは使用人から話を聞いたが、モニカが階段から落ちる瞬間を見た者は、誰もいなかったらしい。

「これまで、ニコラと部屋に籠っていたはずのモニカが、なぜ部屋から出て、階段から落ちたのかも、それは未だにわかっていません」

 モニカが使っている部屋には、必要なものが一通り揃っており、お手洗いや洗面所も部屋のすぐ側にある。
 足りないものがあっても、使用人を呼べば部屋まで届けてもらえる。
 また、部屋から階段までも、若干、距離があり、目的もなければわざわざ階段まで行く必要はなかった。

「『モニカ』が階段から落ちた時、ニコラはどこにいたんですか?」
「モニカが使っていた部屋にいました。脱ぎ散らかした服も、床に転がっていた化粧品もそのままで。
 まるで、すぐに戻ってくるつもりだったかのように、部屋の中には生活感が残っていました」

 マキウスはその時を思い返しているのか、遠くを見つめているように、視線を宙に向けたのだった。

「だからこそ、不自然でした。
 これまで、頑なに誰とも関わらないように部屋に引きこもっていたモニカが、なぜ、急に外に出て来て、階段までやって来たのか……」

 どう言葉を掛けたらいいかわからず、泣きそうな、苦しそうなマキウスの横顔を、モニカはただじっと見つめていることしか出来なかった。