マキウスの様な下級身分の騎士は、どう頑張っても数年は地方の騎士団に所属しなければ、王都にある騎士団の本拠地ーー騎士団本部に所属することは出来ないと言われている。

 それが騎士になってわずか数年のマキウスを、是非、副官として迎え入れたいと、とある小隊の隊長から申し出があった。

 当然、マキウスより早く騎士となり、同じように王都の騎士団に所属することを望んでいる騎士たちはそれに反発した。

 それを抑える為の手段として、騎士団はマキウスに「花嫁」を迎え入れるように、条件を付け加えたのだった。

 それにより、国が受け入れた「花嫁」を伴侶として迎え入れるーー政略結婚の対価として、王都の騎士団に所属するのだと、周囲に思わせるのが目的であった。
 更に、国の英雄の望みとはいえ、モニカが良家の出身ではなく、孤児だったというのも、周囲を納得させた理由の一つとなったらしい。

 他の「花嫁」たちは、それぞれ淑女として相応しい知識や振る舞いを身につけ、実家から多額の持参金を持ち、側つきのメイドを伴って、国から嫁いで来る。
 けれども、孤児であるモニカには、それらは何もなかったーー実際、僅かばかりの持参金しか持って来なかった。

 それを知った周囲は、マキウスがモニカという『花嫁』ーー知識や淑女としての振る舞いも、持参金も、財産も、何も持っていない、厄介者の引き取りの対価として、王都の騎士団に行くのだと思ってくれたのだった。

「それじゃあ、マキウス様は国や騎士団の命令で結婚を余儀なくされたんですね……。
 それって、悲しいことですよね。
 好きな人と結婚させてもらえなかったって、ことでもあるので……」

 どう言葉をかければいいかわからず、モニカが目を伏せていると、「けれども」とマキウスは優しく続けたのだった。

「私は政略結婚であろうと、興味が無かろうとも。誰であれ、生まれ故郷を離れて、一人、この地にやって来た貴女を、大切に迎え入れるつもりでした。
 大切な客人として、大切な伴侶として」

「ただ」とマキウスは顔を曇らせた。

「モニカ自身は、私に一向に心を開いてくれませんでした。
 私との婚姻さえも、彼女は受け入れてくれなかった。
 渡した婚姻届は引き裂かれ、使用人を傍につければ、暴力を振るった。
 いつしか、彼女は一人で部屋に籠もるようになりました」
 
 使用人がモニカの部屋の前に食事を置き、時間があればマキウスが様子を伺いに行く。
 そんな日々が続いていた。

「それからある時、私と彼女との仲が、決定的に悪くなる事件が起きました」

 マキウスはそっとベッドに引かれている白いシーツを撫でた。
 さっきまで、愛娘が寝ていた辺りを愛おしそうに。
 
「モニカがニコラを身籠ったのです」