次の日、モニカが目を覚ますと、これまでとは何かが違っているような気がした。
昨日は天使の話だけではなく、色んなことがあったからだろうか。あの後、浴室の扉の前でモニカを待っていたマキウスだったが、結局我慢出来なくなり、沐浴中のモニカの元に来て身体を軽く洗ってくれた。その際に子供のように騒ぎ、笑い合ったからか、未だに身体には若干の疲労が残っていたのであった。
けれどもそんなモニカの身体に対して、心はどこか蒼穹の様に澄み渡っていた。
(なんだろう。身体の中が澄み渡っているような不思議な感じ……)
そんなことを思いながらベッドから降りて、床に足をつけると、わずかに身体の内側が痛んだ。
昨晩の沐浴の後、ベッドの上でマキウスに触れられた場所が疼いたのであった。
「……っ!」
痛みから足に力が入らずベッドに倒れそうになるが、なんとか踏み止まって足に力を入れて立ち上がると、白い肩を晒したまま、わずかに開いたカーテンに向かう。
カーテンを開けて外に目を向けると、家々の煙突からは白い煙が昇り、今日という日の始まりの用意をしていた。
ふと、目線を正面に向けると、そこには朝陽を浴びて輝くような金髪に、海の様な青い瞳を持った一糸纏わぬ姿の女性ーーモニカが窓ガラスに映っていた。
そっと掌で窓ガラスに触れると、同じ様に窓ガラスの向こうにいるモニカも掌を伸ばす。朝日を受けて輝く窓ガラスを挟み、二人のモニカは手を重ねたのであった。
まだ少女特有の愛らしさが残る顔立ちに向かって、モニカは呟く。
「おはよう。モニカ」
窓ガラスに映った「モニカ」は、一瞬笑ったように見えたのだった。
その時、窓ガラスに映る「モニカ」の後ろに人影が見えたかと思うと、後ろから抱き竦められた。
「随分と早起きなんですね。もう身体は大丈夫ですか?」
「マキウス様……」
モニカと同じく裸身で現れたマキウスは、窓ガラスに一瞬だけ目線を移した。
そこに何かを見つけるが、すぐに目線をモニカに戻したのだった。
「これなら昨晩は遠慮せずに触れ合うべきでしたね」
「あれでも、結構痛かったです……」
尻すぼみになりながら答えるが、マキウスは「そうでしたか?」と端的に言って、左手でモニカの金髪を耳に掛けてくれた。
手が離れる際にマキウスの薬指に嵌ったシルバーの指輪に気づいて、モニカは目を丸く見開く。マキウスは静かに微笑んだのであった。
「モニカ。左手を貸して下さい」
モニカが左手を持ち上げると、マキウスはその手を取って、反対の手で握りしめていたものを取り出す。
「これは本当は昨晩渡すつもりだったものです。遅くなってすみません。これは普段は付けなくても構いませんが、出掛ける時はなるべく肌身離さずつけて下さい。……悪い虫が寄り付くのを、防ぐ意味も含めて」
そう言って、マキウスは左手の薬指にシルバーの平打ち形をしたストレートラインの指輪を嵌めてくれたのだった。
「これ……」
「結婚指輪です。以前、貴女の夢の中に入った時に、結婚指輪はまた別の機会にと話していたかと思います。ようやく用意が整ったので、これを貴女に贈ります」
以前、モニカのーー御國の夢の中にマキウスが入ってきた時、二人でパワーストーンを扱うお店に入った。
あの時に結婚指輪の話題が出たが、費用の面から別の機会にと言う話になっていた。それをマキウスは覚えていたのだろう。
モニカがまじまじと左手の薬指に嵌められた指輪を見つめていると、マキウスは小さく微笑んだ。
「気に入りましたか?」
「はい……はい! とても素敵な指輪です! ありがとうございます! 私、嬉しいです……!」
内側から感情が溢れてきて、モニカの目に涙が浮かぶ。それをマキウスは指で拭うと、エスコートをするようにモニカの腰に腕を回して抱き寄せたのであった。
「さて、もう一眠りしましょうか。使用人たちには誰も部屋に近づかないように指示したので、今朝はゆっくり二人だけの時間を過ごせそうです」
「で、でも、ニコラの授乳が……!」
「それはアマンテに任せましょう。ニコラの乳母なのですから」
モニカは言い募ろうとするが、マキウスがモニカの唇に口づけて言葉を封じ込める。
長く静かに口づけた後、ようやくマキウスは離してくれたのだった。
「ここも貴女の弱点なんですね」
羞恥で頬を赤く染めていると、意地悪くマキウスは微笑む。
再びカーテンを閉められると、昨晩マキウスの手で放り投げられたバスローブを肩から掛けられる。そのまま抱き上げられると、ベッドまで運ばれたのだった。
ニコラを寝かせる時の様に、そっとベッドに寝かされると、その上にマキウスが覆い被さってくる。
マキウスの白に近い灰色の長い髪が顔の上に落ちてきたので、それを振り払うと、間近にはマキウスの顔があったのだった。
「……っ!」
デコルテに口づけを落とされると、モニカの身体が小さく身震いをした。そんなモニカにマキウスは微笑むと、隣にやって来て横になる。その弾みでスプリンクラーが音を立てて、ベッドが小さく揺れた。
マキウスが手を伸ばして、モニカの頬を軽く撫でると、次いで肩に触れてきた。
モニカがじっと身構えていると、肩に触れた手は背中に回され、そのままマキウスの腕の中に抱き寄せられたのだった。
「たまには二人きりの朝を過ごしましょう。二人だけの穏やかな朝を……」
マキウスが言い終わった直後に、遠くから赤子の泣き声が聞こえてきた。ニコラが起きたのだろう。
母親として、愛娘の元に行かなければならないと思うものの、マキウスが腕を離してくれなかった。
「マキウス様、あの……」
口を開いて抗議の言葉を発しようとすれば、マキウスの口で塞がれてしまう。
夫の甘い口づけに妻として抗うことも出来ず、けれども母親として愛娘の元に向かわなければならないと心が焦っている間にアマンテがやって来たのか、ニコラの泣き声は小さくなっていき、やがてピタリと止まった。
ようやく口を離したマキウスは、得意気に笑ったのだった。
「先程言った通りです。ニコラは任せて大丈夫だと。今朝だけは、貴女を独り占めします。相手が娘でも貴女は渡しません」
「娘に嫉妬しないで下さい……!」
わずかに捲れたカーテンから、朝陽が差し込んできた。
薄明るい部屋で見上げた夫の顔は、いつも以上に端麗な顔に見えたのだった。
昨日は天使の話だけではなく、色んなことがあったからだろうか。あの後、浴室の扉の前でモニカを待っていたマキウスだったが、結局我慢出来なくなり、沐浴中のモニカの元に来て身体を軽く洗ってくれた。その際に子供のように騒ぎ、笑い合ったからか、未だに身体には若干の疲労が残っていたのであった。
けれどもそんなモニカの身体に対して、心はどこか蒼穹の様に澄み渡っていた。
(なんだろう。身体の中が澄み渡っているような不思議な感じ……)
そんなことを思いながらベッドから降りて、床に足をつけると、わずかに身体の内側が痛んだ。
昨晩の沐浴の後、ベッドの上でマキウスに触れられた場所が疼いたのであった。
「……っ!」
痛みから足に力が入らずベッドに倒れそうになるが、なんとか踏み止まって足に力を入れて立ち上がると、白い肩を晒したまま、わずかに開いたカーテンに向かう。
カーテンを開けて外に目を向けると、家々の煙突からは白い煙が昇り、今日という日の始まりの用意をしていた。
ふと、目線を正面に向けると、そこには朝陽を浴びて輝くような金髪に、海の様な青い瞳を持った一糸纏わぬ姿の女性ーーモニカが窓ガラスに映っていた。
そっと掌で窓ガラスに触れると、同じ様に窓ガラスの向こうにいるモニカも掌を伸ばす。朝日を受けて輝く窓ガラスを挟み、二人のモニカは手を重ねたのであった。
まだ少女特有の愛らしさが残る顔立ちに向かって、モニカは呟く。
「おはよう。モニカ」
窓ガラスに映った「モニカ」は、一瞬笑ったように見えたのだった。
その時、窓ガラスに映る「モニカ」の後ろに人影が見えたかと思うと、後ろから抱き竦められた。
「随分と早起きなんですね。もう身体は大丈夫ですか?」
「マキウス様……」
モニカと同じく裸身で現れたマキウスは、窓ガラスに一瞬だけ目線を移した。
そこに何かを見つけるが、すぐに目線をモニカに戻したのだった。
「これなら昨晩は遠慮せずに触れ合うべきでしたね」
「あれでも、結構痛かったです……」
尻すぼみになりながら答えるが、マキウスは「そうでしたか?」と端的に言って、左手でモニカの金髪を耳に掛けてくれた。
手が離れる際にマキウスの薬指に嵌ったシルバーの指輪に気づいて、モニカは目を丸く見開く。マキウスは静かに微笑んだのであった。
「モニカ。左手を貸して下さい」
モニカが左手を持ち上げると、マキウスはその手を取って、反対の手で握りしめていたものを取り出す。
「これは本当は昨晩渡すつもりだったものです。遅くなってすみません。これは普段は付けなくても構いませんが、出掛ける時はなるべく肌身離さずつけて下さい。……悪い虫が寄り付くのを、防ぐ意味も含めて」
そう言って、マキウスは左手の薬指にシルバーの平打ち形をしたストレートラインの指輪を嵌めてくれたのだった。
「これ……」
「結婚指輪です。以前、貴女の夢の中に入った時に、結婚指輪はまた別の機会にと話していたかと思います。ようやく用意が整ったので、これを貴女に贈ります」
以前、モニカのーー御國の夢の中にマキウスが入ってきた時、二人でパワーストーンを扱うお店に入った。
あの時に結婚指輪の話題が出たが、費用の面から別の機会にと言う話になっていた。それをマキウスは覚えていたのだろう。
モニカがまじまじと左手の薬指に嵌められた指輪を見つめていると、マキウスは小さく微笑んだ。
「気に入りましたか?」
「はい……はい! とても素敵な指輪です! ありがとうございます! 私、嬉しいです……!」
内側から感情が溢れてきて、モニカの目に涙が浮かぶ。それをマキウスは指で拭うと、エスコートをするようにモニカの腰に腕を回して抱き寄せたのであった。
「さて、もう一眠りしましょうか。使用人たちには誰も部屋に近づかないように指示したので、今朝はゆっくり二人だけの時間を過ごせそうです」
「で、でも、ニコラの授乳が……!」
「それはアマンテに任せましょう。ニコラの乳母なのですから」
モニカは言い募ろうとするが、マキウスがモニカの唇に口づけて言葉を封じ込める。
長く静かに口づけた後、ようやくマキウスは離してくれたのだった。
「ここも貴女の弱点なんですね」
羞恥で頬を赤く染めていると、意地悪くマキウスは微笑む。
再びカーテンを閉められると、昨晩マキウスの手で放り投げられたバスローブを肩から掛けられる。そのまま抱き上げられると、ベッドまで運ばれたのだった。
ニコラを寝かせる時の様に、そっとベッドに寝かされると、その上にマキウスが覆い被さってくる。
マキウスの白に近い灰色の長い髪が顔の上に落ちてきたので、それを振り払うと、間近にはマキウスの顔があったのだった。
「……っ!」
デコルテに口づけを落とされると、モニカの身体が小さく身震いをした。そんなモニカにマキウスは微笑むと、隣にやって来て横になる。その弾みでスプリンクラーが音を立てて、ベッドが小さく揺れた。
マキウスが手を伸ばして、モニカの頬を軽く撫でると、次いで肩に触れてきた。
モニカがじっと身構えていると、肩に触れた手は背中に回され、そのままマキウスの腕の中に抱き寄せられたのだった。
「たまには二人きりの朝を過ごしましょう。二人だけの穏やかな朝を……」
マキウスが言い終わった直後に、遠くから赤子の泣き声が聞こえてきた。ニコラが起きたのだろう。
母親として、愛娘の元に行かなければならないと思うものの、マキウスが腕を離してくれなかった。
「マキウス様、あの……」
口を開いて抗議の言葉を発しようとすれば、マキウスの口で塞がれてしまう。
夫の甘い口づけに妻として抗うことも出来ず、けれども母親として愛娘の元に向かわなければならないと心が焦っている間にアマンテがやって来たのか、ニコラの泣き声は小さくなっていき、やがてピタリと止まった。
ようやく口を離したマキウスは、得意気に笑ったのだった。
「先程言った通りです。ニコラは任せて大丈夫だと。今朝だけは、貴女を独り占めします。相手が娘でも貴女は渡しません」
「娘に嫉妬しないで下さい……!」
わずかに捲れたカーテンから、朝陽が差し込んできた。
薄明るい部屋で見上げた夫の顔は、いつも以上に端麗な顔に見えたのだった。