「モニカ?」

 不安そうなマキウスに呼ばれて、モニカはなんでもないと首を振った。

「嫌な過去を思い出してしまいましたか?」
「……いえ、なんでもありません」
「でも、顔が暗いようですが……」
「本当になんでもないんです。すみません……」

 でも、あの時の男子学生とマキウスは違う。
 男子には下心があった。けれども、マキウスには無い。
 もし、マキウスにも下心があったのなら、今頃、モニカはマキウスの手にかかっているだろう。
 あくまで、マキウスはモニカの意思を尊重してくれている。
 それならーー。

「私、まだまだマキウス様に相応しい人ではないかもしれません。それでも、私は貴方の側にいたいんです」

 息を呑んだマキウスに、モニカはそっと微笑んだ。

「どれくらい時間が掛かるかは分かりません。でも、早く貴方に相応しい人になります。それまで待って頂けますか?」

 目尻に涙を溜めたモニカを、マキウスはどこか眩しそうに見つめていた。
 自分はそんな存在じゃないのに。
 汚くて、醜い、御國なのにーー。

 それが通じたのかはわからないが、マキウスはモニカの頬に触れると、親指で目尻に溜まった涙を拭ってくれた。

「いつまでも待ちます。貴女以上に、相応しい女性を私は知りません。いえ、仮に今後出会ったとしても、そうは思わないでしょう。私にはモニカがいるのですから……。ああ、この場合のモニカというのは、貴女のことです」

 マキウスはまたモニカの両頬を手で包むと、額をくっつけてきた。

「その代わりに、貴女の全てを私に下さい。代わりに、私の全てを貴女に差し上げます」
「それって……」

 マキウスの吐息が顔にかかって、モニカの心臓が大きく高鳴った。
 マキウスは額と頬を包んでいた手を離すと頷いた。

「何があっても、私はずっと貴女と共にいます。死が二人を分かつまでずっと……」
「死ぬまで一緒にいてくれるんですか? 私と……」
「ええ。ずっと一緒にいます。……愛しています、モニカ」
「私も、愛しています!」

 モニカは即答すると、マキウスに抱きついた。
 モニカが抱きついた弾みで二人揃ってソファーに倒れてしまったが、それでもマキウスは優しく、しっかりモニカを抱き返してくれたのだった。

「貴女はいつもすぐに返事をしますね。もう少し考えてから返事をしなくていいんですか?」
「考えるも何も……マキウス様なら間違いないと信じているので……。それに、こういうのは勢いだと思っています」
「全く……。嬉しい言葉ですが、責任を感じてしまいますね」
 
 マキウスの顔を見下ろす位置まで身体を動かすと、互いに笑い合う。
 マキウスが頭を引き寄せてくると、また二人は口づけを交わす。

 最初に出会った日から、ようやくマキウスと夫婦になれたのだと、モニカは思った。
 本来なら、知り合うところから始まるはずが、逆から始まってしまったこの生活。
 本来の夫婦の形になった私たちは、どんな困難も乗り越えられる。
 マキウスとなら、きっとーー。
 
 マキウスはモニカを抱き上げると、ベッドに運んだ。
 壊れ物を扱うように、そっとベッドに寝かせると、その上に覆い被さったのだった。