「リュド様」

 屋敷の前で馬車を見送ってくれる大切な弟妹から視線を戻しながら、ヴィオーラは声を掛けた。

「いつから、私たちの会話を聞いていましたか?」
「気づいていましたか?」

 リュドヴィックは青い目を見張っていた。そんなリュドヴィックにヴィオーラは「ええ」と、笑った。

「私たちカーネ族の耳は、どんな些細な音でも聞こえてしまうのです。……物陰から、私たちの会話を聞いていた者の足音さえも」

 リュドヴィックはバツが悪い顔をして、頭を掻いた。

「すみません。聞くつもりはなかったのですが……。丁度、モニカとマキウス殿の話をされていたので、出て行きづらくて」
「いえ。いいのです。リュド様の懸念もわかっています。私も同じ気持ちです」
「ヴィオーラ殿?」

 その時、馬車が大きく揺れた。轍に落ちていた石が車輪に当たってしまったのかもしれない。
 揺れる視界の中、ヴィオーラはそっと目を伏せた。

「私も不安なんです。何がとは言えませんが、二人には今後も何かが起こるような気がしてしまって……」
「それは、何か不幸が起こるとでも……?」
「確かなことはわかりません。私の勘違いの可能性もあります。けれども、何が合っても、私は弟夫婦を見守ります。二人なら何が起こっても、きっと乗り越えられるだろうと。勿論、どうしても二人だけでは解決が困難という時は手を貸します。でも、それまでは見守るつもりです」

 ヴィオーラは窓の外に視線を向けると、そっと呟く。

「大切に想っているからこそ、時には見守ることも大切だと、そう思っています」

 リュドヴィックは目を見張った後に、頷いたのだった。

「わかりました。私も引き続き見守ります」
「ありがとうございます。リュド様」
「礼には及びません。私もまだまだですね。貴女には敵いません」
「そんなことはありません。妹が心配なリュド様が、なかなか納得されないのも仕方ありません。ですが、今のマキウスなら同じ過ちはしないでしょう。モニカさんも」

 ヴィオーラは視線を戻すと、柔和な笑みを浮かべたのだった。

「身内贔屓していると思われるかもしれませんが、私は弟と義妹(いもうと)の二人を信じているので」
「私もです。ヴィオーラ殿。マキウス殿はこれからモニカを任せるのに相応しい人物か見定めるとして、モニカのことは信じています」
「お互いに身内贔屓していますね」
「確かに」

 二人は顔を見合わせると、互いに笑い合ったのだった。