「ヴィオーラ殿」
少しして、リュドヴィックが玄関ホールにやってきた。
「リュド様、もうマキウスと話は終わったのですか?」
「ええ。お待たせして申し訳ありません」
「いいのですよ。私も義妹と話していました。ねぇ? モニカさん?」
モニカはヴィオーラから身体を離すと、「はい。お姉様」と笑い返したのだった。
「モニカさん。もしかしたら、今後お役に立つかもしれないので、教えておきますね」
「はい?」
「オルタンシア家の『天使』の名前は、オフィーリアという名前でした。かつて、教鞭をとられていたこともあるそうで、とても教え上手で……お話上手な大叔母様でした」
ヴィオーラたち姉弟の大叔母であるオフィーリア・オルタンシアは、元の世界では教師として教壇に立っていたらしい。
その経験を生かして、この世界に来てからも、身分や性別にとらわれることなく、貴族から使用人、商家や下町の住民など、多くの子供たちに教育を施していたようだった。
実際に、王都の下町や貧民街に住んでいる者の中には、大叔母から教育を受けた者がおり、そういった者たちが文官や騎士として活躍し、またオフィーリアと同じように身分や性別に関係なく、多くの者たちに向けて教育を行っているらしい。
「ですが、私のお母様を始めとする一部の貴族は、そんな大叔母様の活動を快く思っていません。私が大叔母様と会ったことで、悪い影響を受けたと思われてしまったんです……。その後、大叔母に会わせてもらうどころか、大叔母の葬儀にも参列させてもらえませんでした」
「そうだったんですね……」
「でも、今ならお母様の気持ちも分かります。自分の娘が、ある日突然、ドレスを脱いで、剣を振り回すようになったら……そう思ってしまうのも仕方ありませんね」
「オフィーリアさん……。たくさん、苦労をなされたのでしょうか。急に知らない世界に来て、新しいことを始めて、そうやって快く思っていない人たちからも反対にあったのでしょうか」
「……そうですね。生きていたら、きっとモニカさんの良き相談相手になっていたと思います。大叔母様もこの世界に来た時に、苦労をなされているはずですから」
「私もお会いしてみたかったです」
オフィーリアはどうやってこの世界に来て、どうやって生活していたのだろう。
何を思って私塾を開き、どんな教えを行ったのだろうか。
モニカは自分と同じ「天使」だったというオフィーリアに想いを馳せたのだった。
ヴィオーラたちが話し込んでいる間に、いつの間にかマキウスが手配してくれた馬車が屋敷の前で待っていたようだった。
「お姉様」
先に馬車に乗り込んだリュドヴィックに続こうとしたヴィオーラに、モニカは声を掛ける。
「お姉様には、好きな人はいますか? カーネ族について話している時のお姉様は、まるで好きな人がいるみたいに聞こえたので……」
「好きな人かどうかはわかりませんが、憧れている人ならいますよ。ユマン族人の騎士です。かつて一度だけ、共に戦場で轡を並べて戦ったことがあります。長い金の髪を靡かせて、颯爽と戦場で剣を振るっていた勇猛果敢な騎士です」
「その方は、今は……」
ヴィオーラは穏やかに微笑むと、そっとモニカの側までやって来る。
そうして、モニカにだけ聞こえるように、耳元で囁いてくれたのだった。
「今も傍にいます。いつでも、私の傍に……」
「それって……」
モニカが口を開こうとすると、ヴィオーラはそれを塞ぐかのように、モニカの額にそっと口づけを落としてきた。
「お姉様……!?」
モニカが頬を染めていると、丁度、マキウスが遅れてやって来たところだったようで、マキウスは小さく叫ぶと、モニカの肩を掴んで、ヴィオーラから引き離したのだった。
「続きは、また今度話しましょうか。女性同士、誰にも邪魔されないところで……」
「楽しみにしていますね!」
そして、ヴィオーラが馬車に乗り込むと、馬車はゆっくりと走り出した。モニカとマキウスの二人が見送る中、大切な姉と兄が乗った馬車は、夕闇の中へと消えていったのだった。
少しして、リュドヴィックが玄関ホールにやってきた。
「リュド様、もうマキウスと話は終わったのですか?」
「ええ。お待たせして申し訳ありません」
「いいのですよ。私も義妹と話していました。ねぇ? モニカさん?」
モニカはヴィオーラから身体を離すと、「はい。お姉様」と笑い返したのだった。
「モニカさん。もしかしたら、今後お役に立つかもしれないので、教えておきますね」
「はい?」
「オルタンシア家の『天使』の名前は、オフィーリアという名前でした。かつて、教鞭をとられていたこともあるそうで、とても教え上手で……お話上手な大叔母様でした」
ヴィオーラたち姉弟の大叔母であるオフィーリア・オルタンシアは、元の世界では教師として教壇に立っていたらしい。
その経験を生かして、この世界に来てからも、身分や性別にとらわれることなく、貴族から使用人、商家や下町の住民など、多くの子供たちに教育を施していたようだった。
実際に、王都の下町や貧民街に住んでいる者の中には、大叔母から教育を受けた者がおり、そういった者たちが文官や騎士として活躍し、またオフィーリアと同じように身分や性別に関係なく、多くの者たちに向けて教育を行っているらしい。
「ですが、私のお母様を始めとする一部の貴族は、そんな大叔母様の活動を快く思っていません。私が大叔母様と会ったことで、悪い影響を受けたと思われてしまったんです……。その後、大叔母に会わせてもらうどころか、大叔母の葬儀にも参列させてもらえませんでした」
「そうだったんですね……」
「でも、今ならお母様の気持ちも分かります。自分の娘が、ある日突然、ドレスを脱いで、剣を振り回すようになったら……そう思ってしまうのも仕方ありませんね」
「オフィーリアさん……。たくさん、苦労をなされたのでしょうか。急に知らない世界に来て、新しいことを始めて、そうやって快く思っていない人たちからも反対にあったのでしょうか」
「……そうですね。生きていたら、きっとモニカさんの良き相談相手になっていたと思います。大叔母様もこの世界に来た時に、苦労をなされているはずですから」
「私もお会いしてみたかったです」
オフィーリアはどうやってこの世界に来て、どうやって生活していたのだろう。
何を思って私塾を開き、どんな教えを行ったのだろうか。
モニカは自分と同じ「天使」だったというオフィーリアに想いを馳せたのだった。
ヴィオーラたちが話し込んでいる間に、いつの間にかマキウスが手配してくれた馬車が屋敷の前で待っていたようだった。
「お姉様」
先に馬車に乗り込んだリュドヴィックに続こうとしたヴィオーラに、モニカは声を掛ける。
「お姉様には、好きな人はいますか? カーネ族について話している時のお姉様は、まるで好きな人がいるみたいに聞こえたので……」
「好きな人かどうかはわかりませんが、憧れている人ならいますよ。ユマン族人の騎士です。かつて一度だけ、共に戦場で轡を並べて戦ったことがあります。長い金の髪を靡かせて、颯爽と戦場で剣を振るっていた勇猛果敢な騎士です」
「その方は、今は……」
ヴィオーラは穏やかに微笑むと、そっとモニカの側までやって来る。
そうして、モニカにだけ聞こえるように、耳元で囁いてくれたのだった。
「今も傍にいます。いつでも、私の傍に……」
「それって……」
モニカが口を開こうとすると、ヴィオーラはそれを塞ぐかのように、モニカの額にそっと口づけを落としてきた。
「お姉様……!?」
モニカが頬を染めていると、丁度、マキウスが遅れてやって来たところだったようで、マキウスは小さく叫ぶと、モニカの肩を掴んで、ヴィオーラから引き離したのだった。
「続きは、また今度話しましょうか。女性同士、誰にも邪魔されないところで……」
「楽しみにしていますね!」
そして、ヴィオーラが馬車に乗り込むと、馬車はゆっくりと走り出した。モニカとマキウスの二人が見送る中、大切な姉と兄が乗った馬車は、夕闇の中へと消えていったのだった。