「たとえそうなったとしても、私が貴女たちの姉であることに変わりはありません。これまで通り、引き続き頼って下さい」
「ありがとうございます。お姉様! あの……」

 モニカが言いづらそうにしていると、ヴィオーラは顔を覗き込んできたのだった。

「どうしましたか?」
「あの……もし、お姉様が良ければのお話しなんですが……」
「はい?」
「お姉様のモフモフのお耳を触ってもいいでしょうか?」
「私の耳ですか?」
「この世界に来てから、ずっと気になっていたんです。皆さんのお耳がモフモフしているように見えて、触ったら心地良いのかなって……」

 ヴィオーラは暫し迷っているようだったが、やがて「構いませんよ」と頷いてくれた。

「モニカさんなら、触れても構いません」
「本当ですか!? ありがとうございます!!」

 そうして、ヴィオーラがその場に片膝をつくと、モニカはそっとヴィオーラの黒い毛の生えた耳に触れたのだった。

「うわ~! やっぱり、モフモフしていますね!」

 やはり、ヴィオーラもマキウスと同じで、触れる度に身体を強張らせていたが、手を握りしめて何かを堪えているようだった。

「そうですか? 他の貴族令嬢と違って、最低限の手入れしかしていませんが……」
「でも、マキウス様と同じでモフモフで、フワフワしています。やはり姉弟だからでしょうか?」
「マキウスが耳を触らせたんですか?」

 驚いた様な声を上げたヴィオーラに、モニカは「はい」と頷いた。

「婚姻届を提出する前日に、お耳を触らせて欲しいと言ったら、触らせてくれました。最初はあまり乗り気ではないようでしたが……」
「そうでしたか……」
「あの、それが何か……?」
「モニカさんはご存知なくて仕方がないと思いますが、私たちカーネ族にとって、この耳はカーネ族であるという誇りでもあるんです。太古の昔は、この耳が生き物の毛皮や置物と同じように、観賞用としてカーネ族から切り取られて、高値で売買されていたこともあります」
「え……そうだったんですか!?」
「それもあって、私たちのご先祖様たちは森深い地に住んでいたらしいですが……。とにかく、私たちカーネ族は、種族の誇りでもある耳を大切にしています。家族や使用人でも、余程のことでもない限り、触らせません」
「それで、私がお耳に触りたいと言った時、乗り気じゃなかったんですね……」

 思い返せば、マキウスに耳を触らせて欲しいと頼んだ時、モニカは「マキウス様が駄目なら、使用人たちに頼んで、お耳を触らせてもらいます」と言った気がした。
 主人の妻であるモニカが使用人に「耳を触らせて欲しい」言ったなら、使用人は嫌々それを聞かなければならない。
 そう思ったマキウスが、渋々自分の耳を触らせてくれたのだとしたらーー。

「マキウス様に悪いことをしてしまいました。知らなかったとはいえ、嫌がることを……」
「その時、マキウスは嫌がる素振りを見せましたか? 止めて欲しいと言われたとか」
「いいえ。でも、ずっと何かを耐えているようでした。我慢していたと言えばいいのか……」

 ヴィオーラの耳から手を離してうなだれていると、そっと頬に手を添えられた。
 顔を上げると、頬に触れていたのは、穏やかな笑みを浮かべるヴィオーラだった。