それまで、ヴィオーラの周りには、弟のマキウスと、乳姉妹のアマンテとアガタ、そして両親と、自分たちに仕える使用人たちしかいなかった。
 屋敷という、綺麗で、安全で、決して飢えることのない、ブーゲンビリアという小さな箱庭の中しか知らなかったヴィオーラにとって、身分や性別の垣根を越えて机を並べ、遠慮なく意見を言い合い、勉強を教え合う環境は、新しい世界と可能性を教えてくれたらしい。

「その時に、私は大叔母様と話して、そして決意しました。次こそは、必ず弟をーー大切な存在を守り抜こうと。その日から、私は女ではなく、お父様の様な騎士として生きていくことを決めたのです」
「お姉様……」

 ヴィオーラにそんな過去があったとは知らなかった。
 どうやら、マキウスも知らなかったようで、モニカやリュドヴィックと同じように、言葉を失っているようだった。

「屋敷に帰るなり、私はドレスを脱いで、剣を握りました。そんな私をお母様は訝しみ……やがて、大叔母様のところに行ったことが知られてしまい、酷く怒られました。でも、後悔はしていません。騎士にならなければ、こうしてマキウスと再会することは叶わなかったのですから」

 ヴィオーラに笑みを向けられたからか、マキウスは照れたように視線を逸らしていた。

「その後、大叔母様とは二度と会わないことを約束させられたので、一度も会えないまま、大叔母様は十二年前に他界されました。会えたのは、この時のただ一度だけ。それでも、今でも鮮明に覚えています」
「最後の当主だったということは、もしやオルタンシア侯爵家は……」
「今は途絶えてしまいました。大叔父様と大叔母様の間には子供はおらず、他に親類もいなかったので……大叔母様亡き後、オルタンシア侯爵家は断絶してしまったんです」

 そこまで話すと、「モニカさん」とヴィオーラが声を掛けてきた。

「モニカさんを見ていると、誰かに似ていると思っていました。でも、今ならわかります。モニカさんは大叔母様によく似ているのです。神秘的な雰囲気やどこか犯しがたい、芯の強さ、強い意志を持ったその姿……。本当に大叔母様にそっくりです!」

 ヴィオーラはモニカに向かって、微笑んだのだった。

「そ……。そうですか? どちらかと言えば、お姉様の方が、その言葉が似合うと思います」
「私などまだまだです。まだ大叔母様には遠く及びません」

 そう言って、ヴィオーラは首を振った。

「今回、こうして改めて大叔母様について話して気づいたことがあります。私が貧民街の改革に着手する理由。それは、この大叔母様の私塾が関係しているような気がします」

 ヴィオーラはそっと息をつくと、目を伏せた。