姉弟の曽祖父の弟である大叔父は、「花嫁」を娶ったことを機に、ブーゲンビリア侯爵家と懇意であったオルタンシア侯爵家に養子に入った。
オルタンシア侯爵家には跡継ぎがおらず、また大叔父自身も、次男である以上、このままブーゲンビリア侯爵家にいても家督を継げる可能性が無かった。
そんな時、大叔父は跡継ぎがいなかったオルタンシア侯爵家から養子の話を打診された。大叔父はオルタンシア侯爵家に養子に入り、そこで「花嫁」を迎え入れた。
その「花嫁」こそが、「天使」だった。
「大叔父様は私が生まれる前に他界されましたが、『天使』であった大叔母様はまだ生きていました。
マキウスが男爵家に戻されてすぐ、私は一度だけ大叔母様にお会いしたことがあります」
「どんな方だったんですか?」
「とても不思議な雰囲気を持った人でした。まるで、澄んだ湖のように静かで、穏やかで、けれども芯の強さも感じました。
当時は大叔母様が『天使』だと知らなかったので、そういう人柄だと思っていましたが、思い返せば、『天使』だったからこそ、そういう人柄だったのかもしれません」
ヴィオーラは紅茶に口をつけると、思い出すように話し出す。
「大叔母様と会った頃、私はずっと塞ぎ込んでいました。お父様は亡くなり、大切な弟は、弟を嫌うお母様によって、地方にあるハージェント家に連れて行かれました」
「姉上、それは……」
口を開いたマキウスを遮るように、ヴィオーラは片手を挙げた。
「大切な弟……大好きな私の弟。お母様を亡くされたばかりで悲しいはずの弟。それなのに、私は屋敷の中から、地方のハージェント男爵家に向かう馬車に乗り込む弟の背を見ていることしか出来なかった。両親を亡くした弟を守れるのは、私しかいなかったのに……。それをずっと後悔していました」
その時を思い出したのか、俯いたヴィオーラは悲痛な顔をしていた。
「ずっと部屋で塞ぎ込んでいた私を心配したペルラが、ある日、お母様の目を盗んで、こっそりオルタンシア侯爵家に連れて行ってくれました」
「こっそり、ですか……?」
マキウスの言葉に、ヴィオーラは頷いた。
「お母様は、大叔母様が行っていた活動が気に入らなかったんです。
オルタンシア侯爵家の『花嫁』である大叔母様は、屋敷で私塾を開いていたので」
「私塾というのは、学校……学び舎ですか? 私も元の世界で学校に通いましたが……」
「そこまで立派なものではなかったと思います。身分や性別に関係なく、ただ学びたい意思があれば、誰でもふらりと屋敷にやって来て、読み書きや計算など、どんなことでも勉強が出来る場所として、屋敷を解放していました。そこにペルラは私を連れて行ってくれたのです」
視線を天井に向けたヴィオーラは、当時を思い出すかのように話を続ける。
「私塾に足を踏み入れるまで、私は自分が恵まれた環境にいることに気づいていませんでした。同じ国、同じ王都に住む民でも、等しく学びの場を与えられない者がいることに。同じヒトでも、身分が違うというだけで、環境が全く違うということに衝撃を受けたのです」
オルタンシア侯爵家には跡継ぎがおらず、また大叔父自身も、次男である以上、このままブーゲンビリア侯爵家にいても家督を継げる可能性が無かった。
そんな時、大叔父は跡継ぎがいなかったオルタンシア侯爵家から養子の話を打診された。大叔父はオルタンシア侯爵家に養子に入り、そこで「花嫁」を迎え入れた。
その「花嫁」こそが、「天使」だった。
「大叔父様は私が生まれる前に他界されましたが、『天使』であった大叔母様はまだ生きていました。
マキウスが男爵家に戻されてすぐ、私は一度だけ大叔母様にお会いしたことがあります」
「どんな方だったんですか?」
「とても不思議な雰囲気を持った人でした。まるで、澄んだ湖のように静かで、穏やかで、けれども芯の強さも感じました。
当時は大叔母様が『天使』だと知らなかったので、そういう人柄だと思っていましたが、思い返せば、『天使』だったからこそ、そういう人柄だったのかもしれません」
ヴィオーラは紅茶に口をつけると、思い出すように話し出す。
「大叔母様と会った頃、私はずっと塞ぎ込んでいました。お父様は亡くなり、大切な弟は、弟を嫌うお母様によって、地方にあるハージェント家に連れて行かれました」
「姉上、それは……」
口を開いたマキウスを遮るように、ヴィオーラは片手を挙げた。
「大切な弟……大好きな私の弟。お母様を亡くされたばかりで悲しいはずの弟。それなのに、私は屋敷の中から、地方のハージェント男爵家に向かう馬車に乗り込む弟の背を見ていることしか出来なかった。両親を亡くした弟を守れるのは、私しかいなかったのに……。それをずっと後悔していました」
その時を思い出したのか、俯いたヴィオーラは悲痛な顔をしていた。
「ずっと部屋で塞ぎ込んでいた私を心配したペルラが、ある日、お母様の目を盗んで、こっそりオルタンシア侯爵家に連れて行ってくれました」
「こっそり、ですか……?」
マキウスの言葉に、ヴィオーラは頷いた。
「お母様は、大叔母様が行っていた活動が気に入らなかったんです。
オルタンシア侯爵家の『花嫁』である大叔母様は、屋敷で私塾を開いていたので」
「私塾というのは、学校……学び舎ですか? 私も元の世界で学校に通いましたが……」
「そこまで立派なものではなかったと思います。身分や性別に関係なく、ただ学びたい意思があれば、誰でもふらりと屋敷にやって来て、読み書きや計算など、どんなことでも勉強が出来る場所として、屋敷を解放していました。そこにペルラは私を連れて行ってくれたのです」
視線を天井に向けたヴィオーラは、当時を思い出すかのように話を続ける。
「私塾に足を踏み入れるまで、私は自分が恵まれた環境にいることに気づいていませんでした。同じ国、同じ王都に住む民でも、等しく学びの場を与えられない者がいることに。同じヒトでも、身分が違うというだけで、環境が全く違うということに衝撃を受けたのです」