「モニカ! しっかりして下さい……!」
次にモニカが目を開けると、目の前にはマキウスが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「旦那様……。マキウス様……」
起き上がろうとすると、マキウスは「まだ寝て下さい」とモニカをそっとベッドに押し戻したのだった。
「急に何があったんですか? 突然、苦しみ出したかと思うと、意識を失って」
モニカが意識を失った後、マキウスは屋敷の近くに住んでいる医師を呼んでモニカを診てもらったらしい。
しかし、医師でも原因がわからず、強いて言えば、ニコラの育児疲れではないかというのが、医師の見立てだった。
「私は、今度こそ、貴女を失うかと思いました」
「マキウス様……」
マキウスはモニカの汗ばむ額を、そっと撫でてくれた。
「貴女の様な素敵な女性を、私は失いたくありません。私はまだ貴女のことを何も知らない……。
これから知りたいと思ったばかりです」
「私もです。マキウス様」
モニカはマキウスに微笑んだ。
普通に微笑んだつもりだったが、きっと、力なく笑っているように見えたのだろう。
その証拠に、マキウスは泣きそうな顔をしたのだった。
「私もマキウス様のことをもっと知りたいです。貴方がどんな人なのか……。どんなに素敵な人なのかを」
「モニカ……」
「マキウス様」と、モニカはそっと呼びかけた。
「私の中にいた『モニカ』は旅立ちました」
その言葉に、マキウスは何かを悟ったようで、ハッとした顔をした。
「旅立つ時に、『モニカ』は私に『みんなをよろしく』と言いました。そうして、私の意識は『モニカ』と混ざり合いました」
モニカは息を吐いた。
「そうして、私はモニカになりました」
「ようやく? いや、やっとなれたのかな?」とモニカは悩んだ。
先程までの、ここ数日悩まされていた割れるような頭の痛みはすっかり治っていた。
目が覚めていた違和感もーー自分の身体じゃないという感覚も、今ではすっかり無くなっていた。
そして、身体の中から聞こえてきた『モニカ』の声も消えていた。
代わりに身体の中には、どこか喪失感だけが残っていたのだった。
頭の痛みは『モニカ』が持っていってくれたのだろうか。それとも、頭の痛みこそ『モニカ』だったのだろうか。
今では、もう何もわからないが。
「そうですか……」
「今までは、私の意識と『モニカ』の意識は別の物でした。
私の中に二人のヒトがいるような状態で。
けれども、今は私の意識の中に『モニカ』の記憶や知識が入っている状態なんです」
モニカ自身も上手く説明出来ている自身は無かった。
それでも、マキウスはただ相槌を打って、話を遮ることなく聞いてくれたのだった。
「今日はこのまま休んで下さい。諸々のお話はまた後日」
モニカがこくりと頷くと、旦那様は口元を緩めたのだった。
「他の者にはニコラの育児疲れが出て休んでいると伝えておきます」
「ありがとうございます……」
マキウスの言葉に、モニカは甘えることにしたのだった。
マキウスはモニカから手を離して扉に向かうと、その前で立ち止まった。
そうして、振り返ったのだった。
「おやすみなさい。モニカ」
「おやすみなさい。マキウス様」
マキウスは小さく微笑むと立ち去った。
扉が閉まると、モニカはそっと目を閉じた。
ようやく一人になると、両目からは涙が溢れてきた。
この身体に入っていた、もう一つの魂ーーもう一人の私。
自分と一つになったとはいえ、胸を穿つような喪失感に襲われていた。
(きっと、「モニカ」は、ニコラの成長を見守りたかったんだろうな……)
これからは、モニカになった「自分」が愛娘の成長を見守ろう。
夫とーーマキウスと一緒に。
額には、まだマキウスの熱が残っていた。
マキウスのことをもっと知りたい。
もっと知ってーー好きになりたい。
自分を大切にしてくれるマキウスの為にも。
(でも、今だけはーー)
今だけは、「モニカ」の死を悼ませて欲しい。
明日からはモニカになれるように、その日は声を殺して泣き続けたのだった。
次にモニカが目を開けると、目の前にはマキウスが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「旦那様……。マキウス様……」
起き上がろうとすると、マキウスは「まだ寝て下さい」とモニカをそっとベッドに押し戻したのだった。
「急に何があったんですか? 突然、苦しみ出したかと思うと、意識を失って」
モニカが意識を失った後、マキウスは屋敷の近くに住んでいる医師を呼んでモニカを診てもらったらしい。
しかし、医師でも原因がわからず、強いて言えば、ニコラの育児疲れではないかというのが、医師の見立てだった。
「私は、今度こそ、貴女を失うかと思いました」
「マキウス様……」
マキウスはモニカの汗ばむ額を、そっと撫でてくれた。
「貴女の様な素敵な女性を、私は失いたくありません。私はまだ貴女のことを何も知らない……。
これから知りたいと思ったばかりです」
「私もです。マキウス様」
モニカはマキウスに微笑んだ。
普通に微笑んだつもりだったが、きっと、力なく笑っているように見えたのだろう。
その証拠に、マキウスは泣きそうな顔をしたのだった。
「私もマキウス様のことをもっと知りたいです。貴方がどんな人なのか……。どんなに素敵な人なのかを」
「モニカ……」
「マキウス様」と、モニカはそっと呼びかけた。
「私の中にいた『モニカ』は旅立ちました」
その言葉に、マキウスは何かを悟ったようで、ハッとした顔をした。
「旅立つ時に、『モニカ』は私に『みんなをよろしく』と言いました。そうして、私の意識は『モニカ』と混ざり合いました」
モニカは息を吐いた。
「そうして、私はモニカになりました」
「ようやく? いや、やっとなれたのかな?」とモニカは悩んだ。
先程までの、ここ数日悩まされていた割れるような頭の痛みはすっかり治っていた。
目が覚めていた違和感もーー自分の身体じゃないという感覚も、今ではすっかり無くなっていた。
そして、身体の中から聞こえてきた『モニカ』の声も消えていた。
代わりに身体の中には、どこか喪失感だけが残っていたのだった。
頭の痛みは『モニカ』が持っていってくれたのだろうか。それとも、頭の痛みこそ『モニカ』だったのだろうか。
今では、もう何もわからないが。
「そうですか……」
「今までは、私の意識と『モニカ』の意識は別の物でした。
私の中に二人のヒトがいるような状態で。
けれども、今は私の意識の中に『モニカ』の記憶や知識が入っている状態なんです」
モニカ自身も上手く説明出来ている自身は無かった。
それでも、マキウスはただ相槌を打って、話を遮ることなく聞いてくれたのだった。
「今日はこのまま休んで下さい。諸々のお話はまた後日」
モニカがこくりと頷くと、旦那様は口元を緩めたのだった。
「他の者にはニコラの育児疲れが出て休んでいると伝えておきます」
「ありがとうございます……」
マキウスの言葉に、モニカは甘えることにしたのだった。
マキウスはモニカから手を離して扉に向かうと、その前で立ち止まった。
そうして、振り返ったのだった。
「おやすみなさい。モニカ」
「おやすみなさい。マキウス様」
マキウスは小さく微笑むと立ち去った。
扉が閉まると、モニカはそっと目を閉じた。
ようやく一人になると、両目からは涙が溢れてきた。
この身体に入っていた、もう一つの魂ーーもう一人の私。
自分と一つになったとはいえ、胸を穿つような喪失感に襲われていた。
(きっと、「モニカ」は、ニコラの成長を見守りたかったんだろうな……)
これからは、モニカになった「自分」が愛娘の成長を見守ろう。
夫とーーマキウスと一緒に。
額には、まだマキウスの熱が残っていた。
マキウスのことをもっと知りたい。
もっと知ってーー好きになりたい。
自分を大切にしてくれるマキウスの為にも。
(でも、今だけはーー)
今だけは、「モニカ」の死を悼ませて欲しい。
明日からはモニカになれるように、その日は声を殺して泣き続けたのだった。