「大天使様の様に、異なる世界からやって来た者たちのことを、私たちは大天使様の使いである神使という意味も込めて、密かに『天使』と呼んで保護してきました。
『天使』を迎えた家には、至上の幸運と巨万の富がもたらされると言われているからです」

 他には無い知識や技術、思想などを持っている「天使」は、国の宝でもあった。
 決して、悪用されてはならない、奪われるようなこともあってはならなかった。
 それもあって、王族や過去に「天使」を迎え入れたことのある侯爵家は、「天使」の存在を大々的に広めるようなことはせず、密かに保護してきたのだった。

「保護って、じゃあ、私はマキウス様と離ればなれになるんですか……?」
「モニカは誰にも渡しません。例え、姉上であっても」

 マキウスが二人から庇うように、モニカを抱きしめた時、ヴィオーラは「落ち着きなさい」と呆れたように止めたのだった。

「誰も、二人を引き離すとは言っていません。ただ、いざという時に備えて、こちらで把握しておきたいのです。国の存亡の危機に瀕した時や、モニカさんが事件や事故など、命の危険に巻き込まれた際にすぐ助けられるように」
「そこまで、『天使』は重宝される存在なんですか……? お姉様……」
「今、この国にはモニカさん以外の『天使』がいないんです。もし『天使』に関して何かあれば、モニカさんが真っ先に危険に晒されるかもしれません」
「ヴィオーラ殿。これまでこの国に現れた『天使』はどうなりましたか?」
「……全員、大天使様の御許に逝かれました。要は、亡くなったんです。モニカさんの前の『天使』は、今から十二年前に亡くなりました」
「……『天使』でも、やはり儚くなるんですね」
「『天使』と言っても、私たちと同じヒトであることに変わりはありません」

 暗い表情になった姉弟に、モニカは頷いたのだった。

「分かりました。私自身も、悪用されないように気をつけます。
 あの、どうして、お姉様はこのお話をご存知なんですか? やはり、侯爵家だからですか?」

 首を傾げたモニカが訊ねると、ヴィオーラは頷いたのだった。

「それもありますが……。我がブーゲンビリア家は過去に一度、『天使』を迎え入れたことがあります」
「そうなんですか!?」
「迎え入れたと言っても、ブーゲンビリア侯爵家にやって来た訳ではなく、当家と深い関係があった侯爵家が迎え入れたのです」

 モニカとリュドヴィックは驚いたが、それよりも驚いたのは眉間に皺を寄せたマキウスであった。

「そんな話、私は知りませんよ。姉上……」
「そうですね。私も知ったのは、母が死んだ直後です。母が管理していた父の遺品を整理していたところ、『天使』に関する記録を見つけました」

 本来であれば、「天使」の情報は、親から子へと内密に伝えられるらしい。
 けれども、姉弟の父親は二人が子供の頃に若くして急死したので、それを伝えられなかったのではないかと、ヴィオーラは考えたらしい。

「それに、マキウス。貴方は会ったことはありませんが、私は我が家が迎え入れた『天使』に会ったことがあります」
「それは……」
「大叔母様です。お祖父様の弟である大叔父様が迎え入れた『花嫁』です」
「お祖父様の弟ーー確か、オルタンシア侯爵家に養子に出された?」
「そうですね。今はもうありませんが……。オルタンシア侯爵家の最後の当主こそが、我が家が迎え入れた『天使』でした」

 モニカとリュドヴィックが話についていけず、困惑して顔を見合わせていると、ヴィオーラが説明してくれたのだった。