リュドヴィックは驚いたように、モニカと同じ色の瞳を見開くと、モニカの話にじっと耳を傾けているようだった。

「『モニカ』さんには、好きな人がいたんです。本当は国を離れたく無かった」

「モニカ」には想い人が居た。
 それは「モニカ」にとって、極身近な人ーーリュドヴィックだった。
 リュドヴィックは「モニカ」の想いに気づいていたのだろうかと様子を伺うが、リュドヴィックは狼狽えているようだった。
 狼狽えるということは、「モニカ」の想いに気づいていなかったのだろうか。

「けれども、リュドヴィックさんが喜んでいるから伝えなかったんです。自分のことを拾って、大切に育ててくれたお兄ちゃんが喜んでいたから」

 リュドヴィックにモニカとしての想いを伝えた後、改めて「モニカ」の過去を振り返ってみると、そこには常にリュドヴィックの姿があった。
 頼りになる兄、優しい兄、厳しい兄、「モニカ」が「花嫁」としてレコウユスに行くと聞いて喜ぶ兄、「モニカ」の大好きな兄。
「モニカ」はそんな兄がーーリュドヴィックが好きだった。
 
「それなら、全て私が悪いのか。私が『モニカ』の幸せを願って、『花嫁』に加えてもらったから……」

 落胆するリュドヴィックの言葉に、モニカは首を振る。

「いいえ。『モニカ』さんは決して嫌々『花嫁』して国を出た訳ではないんです。
 自分とリュドヴィックさんの為に、自ら『花嫁』として国を出たんです」
「私の為? どうして……」
「これは私の想像ですが、『モニカ』さんもどこかで気づいていたんです。自分が居ると、リュドヴィックさんが幸せになれないって」
「どうして、『モニカ』は私が幸せになれないと思ったんだ?」

 怪訝な顔をしたリュドヴィックに、モニカは微笑を浮かべる。

「以前、二人で話した時にも言いましたが、リュドヴィックさんは自分の幸せよりも、『モニカ』さんの幸せを優先しがちです。国を救った自分に与えられるはずだった褒美を『モニカ』さんに使ってしまったように……」

 ヴィオーラの屋敷でリュドヴィックと話した時、モニカはリュドヴィックに「これからは幸せになって」と話した。
 もしかしたら、「モニカ」も同じ気持ちだったのかもしれない。
 そう思ったからこそ、想いを伝えないまま、この地に来たとしたらーー。

「これまで『モニカ』さんはずっとリュドヴィックさんを頼ってきました。リュドヴィックさんは優しくて、強いから……。
 でも、このままリュドヴィックさんの側にい続けたら、いつまでもリュドヴィックさんを頼ってばかりで、リュドヴィックさんを『モニカ』に縛り付けてしまう。リュドヴィックさんには、リュドヴィックさんだけの人生があるのに……」

 そっとモニカは目を伏せる。

「それに気づいた『モニカ』さんは、自分の成長と、リュドヴィックさんの為に、誰にも自分の想いを告げずに、自ら国を出たんです。きっと、最初こそは国にいる想い人を忘れられなくて、苦しんだと思います。でも、この国に来て、マキウス様と出会って……」

 モニカは顔を曇らせるマキウスに向かって微笑んだ。

「マキウス様と出会って、マキウス様が優しくしてくれて、甲斐甲斐しく世話も焼いてくれて……だんだんと、マキウス様のことも好きになっていったんです。
 そして、マキウス様とその想い人、両者を愛する気持ちに板挟みになって……。そうしている内に、『モニカ』はニコラを身籠りました」

 経緯はどうあれ、マキウスとの子供が嬉しくないわけではなかった。
「モニカ」がニコラを大切に想っていたのは、「モニカ備忘録」を見るまでもなく、ニコラを見ればすぐにわかった。
 モニカが目覚めるまで時間が空いてしまったとはいえ、ニコラには見る限り虐待や育児放棄をされている様子がなかった。
 本当にマキウスとの子供が嫌ならば、ニコラを妊娠している間に、堕ろすことも出来ただろう。
 中絶もせず、虐待や育児放棄をしなかった以上、少なくとも「モニカ」はニコラに愛情を感じていたと考えられる。
 
「この国では、出産は命懸けだと聞きました。それなのに、『モニカ』さんはマキウス様との子供を産みました。それは『モニカ』さんが、リュドヴィックさんから離れて、大切な想い人への想いを封じ込めて、マキウス様を選んだということだと思います」