モニカが泣いている間、マキウスはずっと抱き締めてくれた。まるで幼子を宥めるように、モニカが落ち着くまで何度も頭を撫でてくれたのだった。

「モニカ。今までよく頑張りましたね」
「うふぇ……ま、マキウス様も……」
「私なんて身から出た錆です。貴女に比べるまでもありません。恐ろしい目に遭っても、貴女は勇気を出して私たちを選び、真実を話してくれた。そんな貴女の勇気に答える男になりましょう」

 マキウスはモニカの目尻に溜まる涙にも口を付けると、両目から流れる雫を吸い取る。そのまま頬に口づけられてモニカの身体が大きく揺れてしまう。そんなモニカの姿を見て、マキウスはこれまで見せたことがない柔和な笑みを浮かべたのであった。

「モニカ、大丈夫ですか?」
「は、はい……。すみません」

 久しぶりに思いっきり泣いて、モニカが呆然としていたからだろうか。マキウスが心配そうに顔を覗き込んできた。心配を掛けたくなくて、モニカは何度も頷くが、マキウスの表情が変わることは無かった。
 マキウスは身体を起こすと、まだ頭がぼうっとしているモニカに代わって、涙で濡れたモニカの顔を袖で拭いてくれる。そうして手を引っ張ると、身体を起こすのを手伝ってくれたのだった。
 その間も星屑を散りばめた空を絶え間なく流星群が流れていたが、モニカの目には金の髪についた草を払ってくれるマキウスの姿しか写っていなかった。それに気づいたモニカは「フフフ」と笑ったのだった。

「私たち流星群を見に来たのに、何をしているのでしょうか?」

 モニカの言葉に髪から手を離したマキウスも頷いた。

「そうですね。流星群を見るどころか、すっかり話し込んでしまいました。続きは屋敷に戻って見ますか?」
「はい!」

 立ち上がって、マキウスにハンカチを返すと、マキウスが差し出した手を躊躇いなく掴む。
 来た道に向かって歩いていると、マキウスが心配そうな声色で尋ねてくる。

「もし何らかの方法で元の世界に戻れるとしたら、貴女はどうしますか?」
「元の世界にですか?」
「もしもの話ですよ。貴女は私たちを置いて戻ってしまうのか。それとも……」
「どうって……。私は帰りません。あの世界には、マキウス様もニコラも……私が愛して、愛されたいと思った人たちがいないから……」

 不安そうな顔をしたマキウスを遮るようにして、モニカが答える。

「そうですか……。安心しました。私はもう貴女とニコラなくしては、生きていけそうにありません」

 マキウスは一度「モニカ」を喪っている。だからこそ、不安になってしまうのだろう。
 ーーいつの日か、モニカまでもが、自分の前から消えてしまうのではないかと。

「マキウス様が不安になる気持ちも分かります。好きな人がまた自分の前から消えてしまったらと思うと……辛いですよね」
「辛いどころではありません。今度こそ、生きている意味を見失います。貴女が元の世界に帰るだけならまだしも、万が一、死に別れたとなれば……貴女の後を追いそうです」
「それは駄目ですよ! 遺されたニコラが可哀想です。マキウス様がニコラを守らなければ、誰がニコラを……私たちの娘を育てるんですか?」

 モニカの言葉に、マキウスはハッとした様な顔をする。そうして「そうですね……」と、モニカにだけ聞こえるような小声で答えたのだった。

「私だって、もう二人がいなければ生きていけそうにないです。元の世界に帰るとしても、その時はマキウス様とニコラが一緒じゃなきゃ嫌です」
「嬉しいことを言ってくれますね。貴女が元の世界に帰る時に限らず、どこ遠いところに行く時は、私とニコラを連れて行って下さい。……どこまでも一緒に行きます」
「はい。二人から離れません! ずっと、一緒にいます……」

 マキウスが安堵の笑みを浮かべ、モニカはマキウスの腕にしがみつく。そうして二人がまた笑い合っていた時だった。
 正面から草を踏みつけて、二人に近づいて来る足音が聞こえてきたのだった。

「誰ですか?」

 マキウスはモニカを後ろに庇うと、警戒する様に声を低くして、足音の主に問いかける。
 するとーー。

「元の世界?また死ぬ? 一体、どういうことなんだ……?」

 やって来たのは、モニカによく似た金髪の男性と、マキウスによく似た女性という、二人がよく知る人たちであった。

 この時まで、モニカはマキウスが最初に話していた内容を、すっかり忘れていた。確かに、マキウスは言っていた。

「この場所は私『たち』のお気に入りの場所なんです」と。

「お、お兄ちゃん……?」
「あ、姉上……?」

 そこに呆然と立っていたのは、二人にとって大切な家族。
 モニカの兄のリュドヴィックと、マキウスの姉のヴィオーラだった。

「どういうことなんだ……。モニカ、マキウス殿」
「お兄ちゃん、お姉様も……」

 呆然とした顔のリュドヴィックの後ろからは、眉間に皺を寄せて険しい顔をしたヴィオーラが現れたのだった。