モニカは息を止めて、マキウスをじっと見つめていたが、やがてマキウスの腕を掴むと身を委ねる。
 それを肯定と受けとったのか、マキウスはモニカを押し倒すと草筵(くさむしろ)の上に寝かせた。
 土の匂いが鼻をつき、草が頬に当たってくすぐったい。後ろでまとめていた髪が解けて金の小川のように草筵の上に広がる。
 あの秋暮れの日に起こった古傷が想起されてモニカの胸を不安にさせたが、それでもマキウスを突き飛ばそうとは思わなかった。

 好きな人に触れられるというのが、こんなにも甘美に満ちたものだと知らなかった。
 身体中がむず痒く、これまで経験したことがないくらい胸が激しく高鳴っていた。
 辺りが静寂に包まれていることもあって、この鼓動がマキウスに聞こえしまうのではないかと恥ずかしくなる。

 やがて、モニカが息苦しくなってきた頃に、マキウスはそっと顔を離すと、モニカの上に覆い被さってきたのだった。

「まだ男のことはーー私のことは怖いですか?」

 どこか怯えている様にも見えるマキウスに、モニカは首を振った。

「マキウス様とお兄ちゃんは平気です」

 マキウスはモニカの頬に触れた。
 あの秋暮れの日から、他人に自分の頭や顔、身体を触れられるのが苦手だった。
 けれどもこの世界に来て、モニカとして、マキウスたちに触れられる内に、だんだん克服してきた。
 マキウスに至っては、触られると快感を覚えてしまうくらいに。

 マキウスはムッとして眉を寄せた。

「ここで、他の男は聞きたくありませんね」
「他の男って、お兄ちゃんは家族ですよ」

 モニカは苦笑した。すると、マキウスは悲しげに微笑んだのだった。

「モニカ、私は男です。そして、貴女を愛しています。……私は貴女が欲しい」

 モニカはハッと息を呑んだ。

「私は貴女にとって辛いことや苦しいこと、過去の傷に触れてしまうようなことをしてしまうかもしれません」

 マキウスの瞳が熱を帯びたように見えた。
 アメシストの様に輝く紫色の瞳に見つめられて、モニカの胸が大きく高鳴る。

「それでも、これからも、私と一緒に居てくれますか?」

 モニカは少し逡巡した後に、笑顔で頷いたのだった。

「これからも一緒に居ます。……永遠に」
「モニカ……」

 安心した様に、満面の笑みを浮かべたマキウスの後ろを、また一際大きな流星が流れて行った。

 美麗なマキウスの笑顔と、煌びやかな流星。
 そんな幻想的な光景に、モニカは見惚れてしまう。
 モニカにとって、永遠に忘れない光景になったのだった。

「愛しています。マキウス様」

 その言葉を合図に、マキウスはモニカの両頬に手を添えた。
 そうして、二人はまた口づけを交わした。

「んん……!」

 モニカが苦しくなって声を漏らすと、マキウスは少しだけ口を離してくれた。モニカが息を吸うと、また口づけを交わす。

 マキウスと口づけを交わし合ったのは、今夜が初めてだった。
 流星群の下で、互いの傷と罪を曝け出し、口づけをーー想いを交わし合った今夜を忘れることは無いだろう。
 これからもずっとーー。

 そんなことを考えていると、不意にマキウスが唇を離した。少し名残惜しい気持ちになっていると、マキウスはモニカの胸を指差してきたのだった。

「貴女が男に掴まれたというのは、胸の……確か、この辺りでしたね?」
「はい。そうですが……」

 マキウスが指差してきた場所ーー胸の先を確認するとモニカは頷く。
 

「マ、マキウス様!?」

 モニカはマキウスを止めようとするが、マキウスは顔を近づけると服の上から胸に頬を当てる。マキウスの耳が顔に当たってくすぐったい。逃れようとすればするほどマキウスのもふもふした毛がモニカの顔を掠めてますますむず痒くした。

「モニカの胸の音が聞こえます。とても早くて……心地が良い」
「き、緊張しているからですよ! だって今までこうして触れ合ったことなんてほとんどなかったですし……」
「そうですね。貴女はいつもニコラばかり抱き締めて、私のことは抱き締めてくれなかった。いえ、貴女を責めるわけではありません。私も貴女に触れていいのか迷っていました。貴女が人に触れられるのを怖がっているように見えたので」
「気づいていたんですね」
「本当は貴女が目を覚ましたあの日からこうして抱き締めたかったのです。貴女が目を覚まし、もう一度私を見てくれた喜びを伝えたかった。貴女が私とニコラの元に残ると言ってくれた時に言いたかったのです」

 そうして、マキウスはモニカを抱く手に力を込めると、そっと呟いた。

「私の元に戻ってきてくれて……私を選んでくれてありがとう……」

 その言葉にモニカは大きく目を見開くと、声を上げて泣き出したのであった。