「あの頃、二人はまだブーゲンビリア侯爵家で働いていました。私がついでの様に姉上に『モニカ』の妊娠と、出産を含めて何も用意をしていないことを話したら、姉上が二人を屋敷に寄越してくれました。
 その姉上は、話を聞くなり怒り狂って、私に平手打ちを食らわせました」
「大丈夫だったんですか……?」
「『モニカ』の苦痛に比べれば平気です。姉上に本気で怒られ、平手打ちもされたのは、子供の頃以来です。本気で叩かれたので、しばらくは腫れが引かず、使用人たちには何事かと怪しまれましたが」

「モニカ」から妊娠したと告げられてからしばらく経ったある日、たまたまヴィオーラと「モニカ」について話す機会があったらしい。
 その際に、「モニカが身篭った」とついでのように報告したところ、出産の準備や「モニカ」の様子について、つぶさに聞かれたそうだ。
 その際に、何も準備していないどころか、久しく「モニカ」と口を利いていないことを話すと、ヴィオーラは烈火のごとく怒って、マキウスの顔に平手打ちをしたのだった。

「姉上に言われました。『女性にとって、子を産むことがどれほど命懸けの行為なのか、マキウスは母親の経験から、知っていると思っていました!』と。その言葉で霞がかかっていた視界が開けて、目が覚めた様な心地でした」

 ヴィオーラの言葉を聞いて、ようやく気づいたらしい。
 マキウスが今やるべきことは、「モニカ」をそっとしておくことでも、自らの失態を恥じることでも、犯した罪から目を逸らすことでもない。
 夫として、産まれてくる子供の父親として、初めての妊娠と出産で、不安な気持ちになっている「モニカ」と向き合い、彼女を支えることだと。

「私の母上は、私の出産時に体調を大きく崩して、ほとんど寝たきりの生活を送っていました。元々、身体が丈夫な方ではなかったそうですが、私の出産の際に、身体に大きな負担を掛けてしまったのが原因らしいです。……姉上に言われるまで、私はこの話を忘れていました」

 マキウスの母親がそうだったように、出産は母子の体調に大きな負担を掛けることになる。
 マキウスは後から知ったらしいが、この国では出産時に体調が急変して、母子のどちらかが亡くなることは珍しくないらしい。
 モニカが住んでいた元の世界は、医学が発達しており、体調が急変しても助かる可能性が高かったが、この世界ではそうではないのだろう。
 この世界で目覚めたばかりの頃、モニカは何度か屋敷近くに住む医師の診察を受けたことがあるが、使用している道具も医師から見せられた薬も、どれも見たことも、聞いたこともないものばかりであった。
 モニカが無知というのもあるが、医療水準が低く、元の世界では使われていない物もあるかもしれない。

「姉上に言われて、慌てて帰宅した時には、既に私たち姉弟の乳母だったペルラと、出産経験のあるペルラの娘のアマンテが屋敷に居ました。どうも、不甲斐ない私の代わりに、姉上が手配をしてくれたようです」

 二人は「モニカ」を説得して、部屋から出そうとしていた。
 マキウスも二人に協力して、「モニカ」を説得しようと試みたのだった。

 説得を始めてしばらくすると、ようやく「モニカ」は部屋から出てきてくれた。
 数ヶ月ぶりに見た「モニカ」はすっかり憔悴しており、そんな「モニカ」のお腹は大きく膨らんでいた。
 いつ早産してもおかしくない状態だった。

「そこから、ペルラとアマンテは見事な手腕で出産の用意をしていきました。
『モニカ』が初めての妊娠と出産で心細くならないように、彼女と話もしてくれました」

 その時になって、ようやくマキウスは自信が催淫効果のある香を吸ってしまったことや、香について何も知らなかった「モニカ」が部屋に焚きしめてしまったことが判明したらしい。
 それまで、マキウスは何が原因で「モニカ」を抱いてしまったのか分からなかったそうだ。