「仕事を始めてからは、男性と話す機会も増えました。けれども、仕事と割り切って我慢をしてきました。それでも、今でも同年代の男性と話すのは苦手です」

 大学を卒業して就職すると、さすがに男性とも話さざるを得なかったが、そこは仕事と割り切って我慢し続けた。
 ある程度、良い雰囲気になりそうになる前に、自分から身を引くことで、自分を守り続けた。

 そうしなければ、モニカの心は壊れてしまいそうだった。
 例えるなら、モニカの心は、今にも溢れそうな水の入ったコップの状態であった。

「仕事以外でも男性と……特に同年代の男性と、話すのは苦手です。
 外出する際は、不用意に声を掛けられないように、耳にイヤフォンをして、音楽再生プレーヤーで音楽を聴きながら、目立たないようにしていました。それでも、声を掛けられる時は、掛けられますが……。
 イヤフォンと音楽再生プレーヤーは以前、夢の中でお見せしたかと思いますが、覚えていますか?」

 マキウスが頷くと、モニカは流星群の空ではなく、目の前の暗い草原をじっと見つめた。

「おかしいですよね。結婚したいと思っている反面、男性が怖いなんて……。男性が怖いなら、いつまでも結婚は出来ないですし、子供なんてまだまだ先の話で……」

 いつだって、モニカの心には母が放った「安易に男について行って、隙を見せるからこうなった」という言葉があった。
 もっとしっかりしなければならなかった。周囲に隙を見せず、安易に男について行かないような人間にならなければならなかった。
 そう考えている内に異性との距離が計れなくなり、どうすればいいのか分からなくなった。
 やがて両親はモニカが中学生の時に起こったことを忘れたのか、結婚を勧めてくるようになった。「早く孫の顔が見たい」とも言われた。
 子供は好きだったので、モニカも少しずつ恋人や結婚に憧れるようになった。
 でも、どうすればいいのか分からなかった。
 どう異性と知り合って、どう親しくなって、どう恋仲になればいいのか分からなかった。
 中学生のあの時までは、知っていたはずなのにーー。

 どうすることも出来ないまま、ただ悪戯に時間だけが過ぎていった。その間にもモニカの同級生や職場の後輩たちは、恋人を作って結婚した。寿退社をした人もいれば、早い人だと子供も産まれていた。
 それなのにモニカだけは、何も前に進めないまま、何も「成長」出来ないままでいた。
 まるで、中学生の時の強姦未遂に遭った秋暮れの公園に取り残されているかのようにーー。

「そんな私が、マキウス様に相応しい訳が無いんです。ニコラの母親だって、本当は相応しく無いんです……」

 モニカの目に自然と涙が浮かんできた。これは悔し涙なのか、それとも愚かな自分に対する涙なのか。モニカにも分からなかった。

「そのようなことはありません。以前も言いましたが、貴女は充分過ぎるくらい、私とニコラに相応しい」
「でも……! 私は最低な人間なんです! 汚い人間なんです! モニカになると決めた時だって……!」

 膝に顔を埋めて肩を震わせながら、モニカは叫ぶ。

「打算的な考えが全くなかった訳じゃないんです……! 最初はマキウス様の元でモニカとして生きていけば楽できるって。苦労しなくていいって……! マキウス様がニコラを抱えて生きていくのは大変だから、助けてあげようって……同情心もあったんです……!」

 そうして、モニカは声を上げて泣き出したのだった。