「私は大切な妻と……。いえ、まだ正式な婚姻は結んでいないので婚約者ですね。と、ニコラの母親を失わなくて良かったと」

「それに」と旦那様は空いている手で、御國の手を撫でながら続けた。

「目が覚めてからの『貴女』は、私を気遣ってくれました。私だけではありません。ニコラや使用人たちのことも……。
 その気持ちは演技でもなんでもなく、『貴女』自身の優しさだと知っています」
「そ、そんなことは、その……」
「貴女の様な、優しくて、素敵な方を、失わなくて良かったと思っています」
「だ、旦那様……」

 御國が呼び掛けると、旦那様は人差し指で御國の唇に軽く触れたのだった。

「旦那様、ではなく。私のことは名前で呼んで下さい」
「名前ですか? でも、私は旦那様の名前を知らなくて……」

 御國が困ったような顔をすると、旦那様は「そうでしたね」と苦笑したのだった。

「私の名前は、マキウス。マキウス・ハージェントです。ニコラの父親にして、貴女の将来の夫です」
「マキウス様……」

 御國が呼び掛けると、旦那様は――マキウスは、安心したように見えた。
 そうして、嬉しそうに微笑んだのだった。

「ようやく、呼んでくれましたね……」

 その笑顔に、御國の胸はドキッと大きく音を立てたのだった。

「私は貴女にモニカになるように無理強いはしません。ここが嫌ならば出て行って頂いて構いません」
「そんなこと……」
「ただ、もし貴女が私の妻として、ここに残ってくれるのなら。
 私は貴女に二つの贈り物を与えられます」

 マキウスは人差し指を立てた。

「先ず一つ目は、貴女の居場所を。
 貴女が安心してこの世界で暮らせるように、居場所を提供できます。勿論、生活に困るようなことはさせません」

 続いて、マキウスは中指も立てた。

「二つ目。貴方をニコラ共々、幸せにすることを。私が二人を守ります。貴女たち親子の笑顔と幸せを守る為に」

「さあ」と答えを待つマキウスが立てた二本の指を、御國はじっと見つめたのだった。

(私は……)

 自分はどうしたいんだろう。
 御國は自分の心に耳を傾けてみる。

 浮かんでくるのは、愛しい愛娘のニコラの顔と、心配してくれた優しい将来の夫――マキウスの顔。
 それから、ティカを始めとする使用人たちと――いつも鏡越しに目が合う「モニカ」の顔。

「モニカ」は、何を託したかったのだろう。
 何を思って自分に――御國に、この身体を渡したのだろう。

 御國の中に二つの「考え」が浮かんでくる。
 一つは、自分の醜さを表した「悲しい」もの。
 もう一つは、「嬉しい」もの。
 御國ではなく、主に周りが。

 そのどちらを取ればいいのか、御國は考える。
 答えは、すぐに決まった。
 自分にとっても、マキウスたちにとっても、より良い選択を取ろう。
 それが、きっと、御國が「ここ」にいる理由だから。

「モニカ?」

 御國はそっと微笑むと、不安そうに首を傾げたマキウスが立てた二本の指と向かい合わせになるように、自らの人差し指と中指の二本を立てたのだった。