二人は揃って部屋を出ると、会話もなく、静かに寝室へと向かっていた。
 やがて、マキウスの後ろを歩いていたモニカは、ポツリと呟いたのだった。

「……マキウス様のこと、『モニカ』は嫌いではなかったと思います」
「モニカ?」

 マキウスは驚くと、足を止めて振り返った。

「もし、本当にマキウス様のことが嫌いだったのなら、ニコラを産まなかったと思います」
 
 この世界に、「中絶」があるのかはわからない。
 けれども、本当にマキウスのことが嫌いだったのなら、「モニカ」にはニコラを産まないという選択肢だってあったはずだった。
 何らかの方法で、子供を堕胎させることだって出来た。
 マキウスの話では、妊娠が発覚した「モニカ」は部屋にこもって泣き叫び、落ち着いた頃には遅かったとーー分娩期に入っていたと話していた。
 
(泣き叫んでいる時間があるなら、『モニカ』は産まずに堕ろすことだって出来た。でも、『モニカ』はそれをしなかった)

 部屋にこもっている間に、「モニカ」にはここを出て行くことも、ニコラを堕すことも出来た。
 リュドヴィックを始めとする屋敷の外にいる人間に、助けを求めることだって出来た。
 特にリュドヴィックとは、頻繁に手紙のやり取りをしていたのだから。
 マキウスの様子を見る限り、「モニカ」が子供を堕ろすと言ってもーー反対はしなかっただろう。どうも、マキウスは「モニカ」の妊娠について、後ろめたいところがあるらしい。
 それをしなかったということは、少なくともニコラにーー生まれてくる子供に愛情を感じていたのだろう。……マキウスにも。
 そう、モニカは信じたい。
 
「私がいた世界では、望まぬ妊娠をした場合、子供を産まないという選択肢がありました。この世界にはあるかわかりませんが……。この世界では望まぬ妊娠をした場合、どうしているんですか?」

 マキウスはモニカの横に並ぶと、「そうですね……」と考えながら教えてくれた。

「密かに産んで養子に出すか、または捨てるか、産んですぐに息の根を止めるかでしょうか。いずれにしろ、あまりいい思いはしませんが」

 歩きながら話していると、丁度、階段に差し掛かるところだった。
 階段を上って少し歩いたところにある部屋が、夫婦の寝室だった。
 モニカがドレスの端を摘んで上ろうとすると、さりげなくマキウスが手を差し出してきた。
 モニカが空いている手を重ねると、マキウスはモニカを引っ張るように階段を上ってくれたのだった。
 
「きっと、『モニカ』もマキウス様のこういう気遣いが好きだったと思います」
「そうでしょうか?」
「きっとそうですよ! 少なくとも、私は嬉しいです!」

 マキウス一人なら、こんな階段すぐに上れるだろう。
 それでも、マキウスはモニカに手を貸してくれて、歩調を合わせてくれた。
 そんなさりげない気遣いを出来る一人だからこそ、「モニカ」はここに残って、自分の身体の変化とも向き合って、マキウスとの子供を産んだのだろうか。
 
 そう考えていると、不意にマキウスに「モニカ」と呼ばれる。
 顔を上げると、マキウスは正面を向いたまま呟いたのだった。

「……『モニカ』について教えて頂き、ありがとうございました」
「いえ……」

 そのまま、二人は階段を上ると、繋いだ手を解くことなく寝室に向かった。
 モニカが嬉しいと言ったからだろうか、マキウスからは手を離すつもりはないようだった。
 それはモニカも同じで、どちらともなく手を離そうとは思わなかった。