「今のモニカは幸せなのか、困ったことはないか心配になってやって来たというのに……。これでは逆だな」
「これからもお互いに気に掛け合えばいいと思うよ。だって、私たちは兄妹なんだから!」

 例え、国を越えて、他家に嫁いだとしても、モニカがリュドヴィックの妹であることに変わりはない。
 どんなに遠く離れても、お互いを心配し合い、相手の幸せを願うのはおかしくないだろう。

「だが、どんなに遠く離れていても、妹が困っている時は、すぐに駆けつける。……何かあれば、いつでも頼って欲しい」
「ありがとう、お兄ちゃん。……大好き」

 モニカの「大好き」という言葉に、リュドヴィックは赤面したようだった。
 耳まで真っ赤になりながら、ティーカップに口をつけて、また話し出す。

「こんなのは兄として、至極、当然のことだ」
「その当然のことが出来ない人だっているよ。自分にとっての『当たり前』は、必ずしも相手にとっては『当たり前』とは限らないから」

 以前、市井に対する貴族の認識が異なっていたように。
 リュドヴィックにとっての「当たり前」が、他の人にとっての「当たり前」とは限らない。

「そうだったな……。まさか、それをモニカに教えられるとは限らなかった」
「そうかな……。それよりも、お兄ちゃんがやりたいことって? 聞いてもいい?」

「それは……」と、リュドヴィックが口ごもったので、モニカは慌てて首を振った。

「勿論、聞いてダメなら聞かないから!」
「いや。そんなことはないんだ……。その、とある人に、自分の気持ちを伝えたくてな」
「それって……。もしかして、恋?」

 モニカが目を輝かせると、リュドヴィックは顔を赤面して「そういう訳ではないんだ!」と、否定したのだった。

「とある方と話をしたくてな。とても凛々しくて、勇敢な、素晴らしい方なんだ。……憧れる程に」

 リュドヴィックによると、その人とリュドヴィックは、かつて一緒に戦ったことがあるらしい。
 どんな状況になっても、冷静に考え、前を向き、他者を気遣う。
 仲間が危機に合えば、真っ先に駆けつける。
 その凛然とした姿は、まるで一輪の菫の花のように、凛々しく、美々(びび)しかったという。

「その方に、自分の気持ちを伝えたい。そして、どうやったら自分もそうなれるのか、聞きたいんだ」
「国の英雄と言われているお兄ちゃんから見ても、凄い人なんだ?」
「国の英雄など、私はそこまで強くないのだが……。あの、味方の陣形が崩れた絶望的な中で、その方の凛々しくも洗練された美しさのある背中に、私は救われたんだ」

 リュドヴィックはその時を思い出しているのか、目線を伏せながら話していた。
 どことなく、リュドヴィックの話と似たような話を最近どこかで聞いたような気がしたが、それを思い出す前に、リュドヴィックは続きを話し始めたのだった。

「どれだけ強くなれば、その人の様になれるのか。その答えを見つけたくて、私は旅に出た。けれども、その答えは未だに見つかっていない」
「その一緒に戦った人って? 今はどうしているの?」
「ずっと名前しかわからなかったが、最近ようやく誰かわかったんだ。どこにいるのかも。後は話を聞くだけだな」
「その人に話を聞いて、お兄ちゃんがずっと探していた答えが見つかるといいね」
「ああ……。そうだな。いつか、必ず」

 いつか、大切な兄であるリュドヴィックがその人と話せるように。
 モニカはそっと(こいねが)ったのだった。