「それに、私にはお兄ちゃんがいる。頼りになって、困っている時にはすぐに駆けつけてくれる、優しくて、強くて、カッコイイ、お兄ちゃんが!」

 きっと、怪我をしてから便りを送らなくなったモニカが気になって、リュドヴィックは会いに来てくれたのだろう。
 旅の途中でわざわざこの国に来て、厳しい入国審査を受けてくれた。知人や親類がいないこの国で、困っていないか、不安になっていないか、悲しい思いをしていないか、気になったことだろう。
 それは、たとえ血が繋がっていなくても、妹が心配だからに他ならない。

「だから、もう心配しなくていいからね。私は大丈夫だから! それよりも、私はお兄ちゃんにも幸せになって欲しい」
「私も? 私は充分、幸せだが」

 リュドヴィックは訝しむが、モニカは「そうじゃなくて」と、苦笑したのだった。

「お兄ちゃんの言う幸せって、私の幸せだよね。それって、お兄ちゃんの幸せじゃなくて。私の幸せだよ」
「そうだとしても、モニカが幸せなら私も幸せだ。それじゃあ、駄目なのか?」
「うん。だって、それは私の幸せだから。お兄ちゃんの幸せじゃないよね。
 お兄ちゃんが私の幸せを願ってくれていたように、私もお兄ちゃんの幸せを願っているの」
「モニカ……」
「幸せになって。今度はお兄ちゃんだけの幸せを手に入れて」

 リュドヴィックは目を大きく見開いた。

「ずっと、振り回して、甘えてばかりいてごめんね。でも、私のことはもう気にしなくていいから。
 私は男爵夫人だよ。一児の母親なんだよ。もう、大人なんだよ。だから、これからのお兄ちゃんは、お兄ちゃんだけの幸せを手に入れて」

 きっと、リュドヴィックはこれまでずっと自分よりもモニカの幸せを願ってきたのだろう。
 モニカの兄として、家族として、常にモニカの喜びや幸福を優先してきた。
 両国の危機を救った際の褒美を、自分ではなくモニカの為に使ったように。

 それに気づいたからこそ、モニカはリュドヴィックを(モニカ)から解放してあげたいと思った。
 モニカはもう子供ではなく、大人になったのだから大丈夫だと。
 自分の幸せは、自分で手に入れるからと。

 今まで、リュドヴィックがモニカの幸せを願った分、今度はモニカがリュドヴィックの幸せを願うから。
 モニカに使った分の喜びや幸せを、今度は自分に使って欲しい。
 そうして、これからはリュドヴィック自身が、幸せになって欲しい。

「今まで、『私』が幸せになるように、ずっと尽くしてくれてありがとう。これからはお兄ちゃん自身が幸せになるように、お兄ちゃんの力は、お兄ちゃんの幸せのために振るってね」
「モニカ、私は……」
「私だけが幸せになるのは心苦しいの。お兄ちゃんも一緒じゃなきゃ嫌なんだ」

 リュドヴィックの海の様に澄んだ青色の瞳は、真っ直ぐにモニカを見つめてきた。

「お兄ちゃんだって、やりたいことや好きなことがあるでしょう? これからはお兄ちゃんが幸せになれるようにやりたいことをやって。私は私だけで大丈夫だから。
 もし困ったことがあれば、これからは大好きな夫のマキウス様や、お姉様のヴィオーラ様や使用人の皆の力を借りるから」
「それは、私から離れるということなのか……?」
「そうだよ。だって、私はもう子供じゃないから。ハージェント男爵の妻であり、娘を持つ母親だから」

 どこか寂しげにも見えるリュドヴィックに、モニカは穏やかに微笑む。

「これからは自分の幸せは、自分で手に入れるから。お兄ちゃんは、お兄ちゃんだけの幸せを手に入れて」

 はっきりと兄離れを宣言したモニカを、最初こそリュドヴィックはどこか物寂しい様子でじっと見つめていた。
 やがて、そっと肩を竦めたのだった。

「そうだな。モニカももう子供じゃないんだ。私が心配ばかりするのもおかしいな。それに私にもやりたいことがある」
「そうでしょ! これからのお兄ちゃんはお兄ちゃんのことだけを考えて」

「ねっ?」っと、モニカが念を押すと、リュドヴィックは「参ったな」と悲しげに笑ったのだった