「お兄ちゃん。たくさん心配かけてごめんね。階段から落ちて怪我をした時も、今も心配ばかりかけて……」

 貧民街で会った時から、階段から落ちて怪我したことや、嫁ぎ先で不安や心配は無いのかと、リュドヴィックはとても気にかけてくれていた。
 風の噂とは言え、モニカが怪我したという話を聞いて、遠路はるばるこの国に来てくれた。
 そんな「モニカ」を、今のモニカはずっと羨ましく思っていた。
「モニカ」には、「モニカ」を愛してくれる人がいて、心配してくれる人がいて、「モニカ」を思ってくれる人がたくさんいた。
 モニカには無いものをたくさんもっていた「モニカ」が羨ましかった。

 そんな「モニカ」がいないことを知られたら、周りは悲しむだろうと思った。
 だから、自分が「モニカ」の代わりになって、「モニカ」になろうとしていた。

 けれども、リュドヴィックが来た日、マキウスに言われた。
「誰も、『モニカ』にはなれない」と。
 そして、「貴女だけの『モニカ』になって欲しい」と。

 あの日、まだ御國だったモニカが、完全にモニカとなった時、この身体から旅立っていったもう一人の自分ーーこの世界での自分の半身の様な存在だった「モニカ」。
 この世界に来た時、戸惑っていた御國をモニカの内側からずっと支えてくれた「モニカ」。
 彼女はどんな気持ちで、ここを旅立っていったのだろうか。
 何を思って、モニカに「みんなを、よろしくね」と言ったのだろうか。

 それから、モニカはずっと考えていた。
「モニカ」は「モニカ」で、「今のモニカ」は「今のモニカ」だという以上、自分はどんな「モニカ」になりたいのか。
 そうして、リュドヴィックと会うことになって、ようやく見つけられた気がした。
 自分がなりたい「モニカ」にーー「自分だけのモニカ」に。

「これだけは、お兄ちゃんにちゃんと伝えたいって思ったの」
「何を伝えたいんだ?」

 首を傾げるリュドヴィックを見ていると、モニカの心臓の鼓動はどんどん速くなっていった。

 これまでの「モニカ」は、ずっとリュドヴィックに頼って、甘えていた。
 でも、もうそんな妹だったモニカはいない。
 ここにいるのは、モニカはモニカでも違うモニカ。
 マキウス・ハージェントの妻であり、ニコラ・ハージェントの母親でもあるモニカ。
 ハージェント男爵夫人のモニカだと。

 そんなモニカをリュドヴィックは受け入れてくれるのだろうかと不安でもあった。
 否定され、リュドヴィックと違うモニカじゃないと詰られたらどうしようかと。

「お兄ちゃん、私はね」

 モニカは深呼吸をすると、満面の笑みを浮かべたのだった。

「今、とっても幸せなの。だから、もう心配しなくていいからね」
「モニカ……」

 リュドヴィックは大きく目を見開いていた。モニカは大きく頷くと続けた。

「今の私には、マキウス様がいて、ニコラがいて、お姉様がいて、使用人の皆がいる。私のことを気遣ってくれて、助けてくれて、優しくしてくれて……。だから、私は幸せなの」

 この世界に来たばかりの頃は、皆と距離があって、心細い思いをした。
 けれども、今はマキウスやヴィオーラ、アマンテやティカやペルラたちが、モニカに優しくしてくれて、時には手助けをしてくれた。
 もう一人じゃないんだと、思えるようになった。