マキウスが「モニカ」と話した回数は少ない。
 マキウスが「モニカ」を知る前に、「モニカ」マキウスの目の前からいなくなってしまった。
 だから、「モニカ」がどういう人物なのか、マキウスはほとんど知らない。
 使用人や国から聞いたモニカの生い立ちや家族の情報しか知らず、モニカ自身については何も知らないままだった。
 本当は「モニカ」に聞きたいことは沢山あった。
 好きなモノは何か、趣味は何か、ニコラをどんな子供に育てたいのか……。
 けれども、それを聞く前に、「モニカ」は遠いところに行ってしまった。
 マキウスの手が届かない、遠くへとーー。

「他の誰でもない、貴女がモニカになったのは、貴女でなければならない理由があったからだと思います。偶然にしろ、必然にしろ」
「私でなければならない理由……?」

 モニカは何度も首を振った。
 その度に、モニカの金の髪が揺れて、星の様に暗闇に流れていくようであった。

「いいえ。そんな理由はありません。私にはーー生前の私には、結婚したことも無ければ、子育ての経験もありません。それ以前に、男性と肉体的な関係を持ったことも、男性と付き合ったことすらありません!」

 捲し立てるように話したからか、モニカは息苦しそうだった。
 マキウスが肩を抱き寄せると、そのまま訥々と続けた。

「もし、『モニカ』の願いが、マキウス様と娘のニコラにあるのならば、結婚も、子育ても、経験したことが無い生前の私よりも、もっと適した人を選ぶはずです」

 モニカが首を振っていると、マキウスは静かに告げたのだった。

「ですが、私は貴女がモニカでなければ、ここまで貴女を気にかけなかった。……愛さなかったでしょう」
「マキウス様?」

 マキウスは胸元を強く握りしめた。

「貴方は私と姉上の関係を取り戻してくれました。それは『モニカ』ではなく、貴女のおかげです」

「それに」とマキウスは続けた。

「あの日、貴女がモニカになった日に、私は言ったはずです。『私は貴女がモニカになるように無理強いはしません』と」
「そうですが……」

 マキウスはモニカを抱きしめた。
 子供の頃、体調が悪く、苦しむ母を前に、マキウスが不安な時や、苦しむ母の役に立たなくて泣いている時は、いつも乳母のペルラや義姉(あね)のヴィオーラが「大丈夫です」と言って、マキウスを抱きしめてくれた。

 今のモニカも、きっと子供の頃の自分と同じだ。
 以前の「モニカ」を知っているリュドヴィックが来たことで、今のモニカと比較されて、否定されるのではないか、落胆させるのではないかと、おそらく不安になっている。
 モニカはとても真面目で、責任感を持っている。
 それは悪いことではないが、いつの日か、なんでも完璧にこなそうとするあまり、心身が壊れてしまうのではないかと心配になる。

 今度こそ、モニカをーー愛する人を失ってしまうのではないかと……。