ティカが鋏と櫛を用意してもらっている間、他の使用人が部屋の片隅の床に白い布を引き、その上に大きな姿見を置いてくれた。
 美容室に置いてあるバーバーチェアやスタイリングチェアには及ばないが、姿見の前に椅子を置いて即席の美容室の様にすると、ティカたちには部屋から出て行ってもらった。
 アマンテは既にニコラを連れて、部屋に戻っていた。
 モニカは椅子に座るようにリュドヴィックに言うと、椅子の後ろに回ったのだった。

「お、お兄ちゃん。長さはどうする?」

 モニカは手を震わせながら、鋏を手に取った。
 椅子に座ったリュドヴィックは、背中まで伸ばした髪を軽く整えていた。

「そう深く考えなくていい、いつもの長さで構わない」

(その「いつもの長さ」がわからないんだって~!)

 内心で泣きそうになった。
 こんなことなら、最初に適当な理由をつけて断っておくべきだった。

「懐かしいな。一緒に暮らしていた頃も、こうして髪を切ってもらっていたな」

 そんなモニカの様子に全く気づかないまま、リュドヴィックは散髪を待っていた。
 
 モニカはリュドヴィックのサラリとした金の髪ーーモニカの髪と同じ触り心地だった。を一房取ると鋏を向けた。
 けれども、すぐに髪から手を離すと、鋏も下ろしてしまった。

(ここで間違えたら、「モニカ」じゃないってバレちゃう……)

 恐らく、「モニカ」なら迷わず切っていただろう。
 けれども、「モニカ」じゃない今のモニカには出来ない。
 長さを間違えて、期待を裏切ってしまったら、リュドヴィックはモニカが同じ顔をした別人だと気づいてしまうかもしれない。
 モニカの正体を知った時、リュドヴィックはどんな顔をするのだろう。
 驚愕? 痛嘆? それともーー?
 
「モニカ? どうしたんだ?」

 怪訝そうにリュドヴィックは振り返った。
 けれども、その顔を見ていられなかった。
 見てしまうのが怖かった。
 モニカは目を合わせないようにして、頭を振ると「なんでもない」と苦笑したのだった。

「やっぱり、私が切るよりも、ちゃんとした人に切ってもらった方がいいと思うの。お姉様やマキウス様なら知っていると思うから、聞いてみるね」
「あ、ああ……」

 モニカはなんでもないというように笑ったが、リュドヴィックは納得がいかないようだった。

「それよりも、良かったらお茶のお代わりはどう? ティカに頼んで持ってきてもらうね」

 リュドヴィックに背を向けると、モニカは鋏を置いて、ティカを呼びに行った。
 泣きそうになった顔を見られないように、モニカはグッと顔を引き締めたのだった。