「お、おい。モニカ。これは……」
「ああっ! 動かないで、お兄ちゃん! 私が受け取るから!」

 姪が泣き出したことに慌てたリュドヴィックは、ニコラを抱いたままオロオロし出した。
 リュドヴィックからニコラを預かると、そのまま腕の中で「よしよし」とあやしたのだった。

「す、すまない」
「ううん。こっちこそ驚かせてごめんね。マキウス様以外の男性に抱かれたことがないから、慣れていないのかも」

 思い返すと、ニコラはマキウス以外の男性と触れ合ったことがないような気がする。
 普段、屋敷でニコラに触れるのは、モニカと乳母のアマンテだった。
 たまに遊びに来たヴィオーラや他のメイド、またはニコラの定期検診を担当している医師が触れることはあれど、使用人を始めとする男性にはほとんど触れられたことが無かったように思う。

 それ以外でも、最近のニコラは今までのように誰にでも笑いかけることはせず、相手を伺ってから笑いかけることが増えた気がした。
 最初にヴィオーラが屋敷に来た時は、微笑みかけたヴィオーラに合わせるように、ニコラは微笑み返していた。
 けれども、最近のニコラはモニカやアマンテといった普段から顔を合わせる人には笑いかけるが、リュドヴィックの様に初対面の人間には自分から笑いかけず、相手を伺う様な素振りを見せていた。

 人を選ぶ様な様子も、成長の証なのだろうか。
 そう考えれば、出会った頃とは違い、昼夜の生活リズムが整ってきて、声を発する回数も減ってきたような気がした。
 
「そうなのか? 姪にまで嫌われたのかと思って、不安になったんだが……」
「そんなことはないよ……。それよりも、姪にまでって?」

 モニカが首を傾げると、リュドヴィックは肩を竦めたのだった。

「一時期はたくさん便りを送ってくれたのに、最近はすっかり来なくなった。自分も返事を書かなかったのは悪かったと思う。一つの所に長々と留まらなかったから、受け取るまで時間が掛かったんだ」
「そうだったんだ……」
「けれども、風の便りで聞いたところによると、階段から落ちて瀕死の重傷だったそうじゃないか。心配したぞ」
「ごめんなさい。心配をかけて……」

 予想通りのリュドヴィックの言葉に、モニカは肩を落とす。
 やはり、リュドヴィックは階段から落ちたモニカを心配してやって来てくれたのだ。
 遠いところから、自分の見聞を広める旅を中断してまでも。

 やはり、モニカは周囲からこんなにも愛されていたのだ。
 そんなモニカが羨ましくもあり、早逝してしまったことを悼ましく思う。

「いや。無事ならいいんだ。その後、身体の調子はどうだ? まだ痛むところはないか?」
「もうすっかり治ったから大丈夫だよ」
 
 リュドヴィックがモニカに向かって手を伸ばしてきた。
 モニカがギュッと目を閉じて身体を強張らせていると、その頭をそっと愛撫してきたのだった。
 
「何事もなくて安心した。でも、無理はするな。国が違っても、どんなに遠く離れていても、いつも想っているからな」
「うん……ありがとう。お兄ちゃん」

 頭を触られた時、モニカの頭の中に「閃いたもの」があった。